2017年2月23日木曜日

酒びんの美しさ: 多様性の中の統一感

居酒屋のカウンターに座って、背後に並んでいる清酒や焼酎の瓶の列をみると、呑み助には楽しいものであるし、と同時に並んだ酒瓶の列から美しさを感じることもある。「ああ、日本だねえ・・・」と、そんな感覚だ、な。外をみるとまた綿のような雪が斑々と降りはじめ、窓から漏れる灯が積もった雪を暖かく照らしている。そんな夜なら最高である。

フランス・ワインも瓶の形をみれば産地が憶測できることがあり、ラベルをみればどこの醸造元であるかが正確にわかる(ことになっている)。故に、保存状況がよければ、開けなくとも外から見るだけで、ある程度は中味の想像がつく(ようなシステムにしている)。


最近は肥満防止のため蒸留酒のほうがいいと思い、宅で飲む頻度も増えているのだが、いつの間にかウイスキーが自己増殖してしまった。

飲みたいときに直ぐに選べるようにキッチンのカウンターに並べ始めたのだが、これが案に相違して美しい。


ウイスキーは瓶の形、色、ラベルの形状とも、みなマチマチである。ラベルに漢字が混ざっていても異和感がない。しっくりと馴染んでいる。並べてみると全体に形容しがたい統一感が醸し出されて、観るのが楽しい……、開栓した後は早めに飲み切った方がいいので、あまり何本もは無理なのだが。ポールジローのブランデーを間に挟んでみると、これまた以外に仲間外れ感が出てくる。銘柄は違ってもウイスキー全体に共通している美の感性がある。

「文化」というものなのだろうねえ。ただ、カミさんが「ホームバーじゃあるまいし、これ以上は並べんといてね」とクレームをつけているのが残念だ。

清酒や焼酎をグローバル・ブランドにするなら、日本文化に共通している美の意識が瓶の形やラベルのデザインに表れていることが大事じゃあないか。と同時に、蔵元それぞれが自由にデザインできるようにもしておくべきだろう。産地証明とトレーサビリティ、食の安全から規制するお上の指導と、「日本文化のマーケティング戦略」が矛盾しているなら、直した方がいい。


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