2016年7月28日木曜日

メモ: イライラが募る東京市場

昨日投稿とはまた大きく、あまりにも変化する話題である。
宗教論から株の話に移る。

本年第2四半期の決算が発表されつつある中で、アメリカのFacebookはやはり予想を上回る拡大で株価はまたジャンプする気配である。次はAmazonの決算数字がどうでるか、それに大多数の投資家がどう反応するかである。ネット時代の革新的プロデューサー的役割を果たしている感のあるこの両企業は、相変わらずアグレッシブな拡大を続けている。

一体どこまで大きくなるのか・・・株はどこまで上がるのか・・・そんな夢を世界に与えている。

ただ、米企業といってもGEやコカ・コーラ、IBMなど伝統的大企業―バフェット氏が好みそうな銘柄―は総じてくすんでいる。むしろ預託証券の形でNYに上場している古い英企業、たとえば鉱山会社のRIO TINTOや石油大手のBP、HSBC(=香港上海銀行)のほうが元気なくらいだ。ポンド安が追い風になっているのだ。

さて、日本企業だが、東京市場の株価は今日また反落した。明日に予定されている日銀政策決定会合で何も新たな緩和策が出てこないことを心配しているのだ。

アメリカのFRBは、金利引き上げを当面ストップした。そうすると、円高になった。だから日銀が何かしてくれるのではないかと、そんな期待、そして心配だ。

日本企業は本当に投資しがいのない銘柄ばかりである。配当も総じて低利回りの会社が多い。思惑で上がったり下がったりする変動の中で、目先の利益を売買で出していくしか、持つ動機がない。そんな会社ばかりになってきた。

トヨタ、楽天、みずほFG、三井物産・・・みなそうである。


すでにマイナス金利で、国内のメガ銀行は利益が前年比3割減のトレンドをたどっている。銀行に泣いてもらっている反面、日本国内の新規投資はサッパリ出てこない、というのがいまの現実だろう。それよりは海外への事業展開、でなければ利権の獲得、外国株への運用、等々だ。

中国は、まだ国内市場が拡大できる。人口が違う。ところが過剰生産で世界に輸出攻勢をかけていると批判されてきた。

中国政府、中国企業は攻める市場が違うだろう、と。中国国内の生活水準が、沿岸部の大都市だけではなく、内陸部、地方を含めて、暮らしが便利になり、国民の素養がこれ以上あがると、政府にとって都合が悪い。そういうことなのか?

日本はどこに行っても、道路は良い、公園はある、道の駅もきれいだ。ほしいのは、モノではなくカネになってきた。カネを増やすなら、外国で運用したほうが増える。なので、ますます資本収支が赤字、経常収支が黒字の構造が持続しやすくなっているわけだが、職人養成、伝統技術保存、すし職人、和食マイスターなど国際的ライセンスシステムの育成、国際的研究センターの育成、古いインフラのメンテナンス、高品質化などなど、日本国内でやるべきことはいくらでも挙げられよう。

国内の余剰資金をお上が吸い上げる納得のできるシステム、つまりは税制であったり、永久国債、国債の貨幣化ほかの麻薬的増税ということになるが、何かを決めなければ、暮らし向きが上がるのは外国で、日本はいつかまた海外の利権を革命政府に強奪されて元の木阿弥になる、そんな心配も心に浮かぶ。

そんなに使わないカネがあるなら、いま日本国内で使うほうが理に適っている。そんな思いも次第に強まっている。


2016年7月27日水曜日

宗教論: 浄土思想・他力本願

本日はこのブログでも毛色の変わった主題についてメモしておきたい。

日本の仏教信仰の中でも自力本願と他力本願は信仰上の原理の大きな違いとして意識されてきた。禅宗は自力を、浄土系思想は他力によっている。

子供が独立して仕事のほうでもある到達感というか、この辺でまとめの段階に入るかという意識が芽生えると、にわかに残りの人生をいかに生き抜くのがよいかという、そんな問題を考えるようになる。まあ、一言でいえば「晩節」を美しく生きたいわけである、な。

せっかくここまで大過なくやってきたのに、何を欲をかいて、意地汚くと。そんなところだ。

我が家には両親の仏壇があり、毎月親しくしている寺の住職が来て読経をして帰ることになっている。日常の時間の一部になっていたそんな習慣に加えて、最近では自ら仏前に座り、南無六字の名号を口ずさむことが増えてきた。

小生の家は先祖代々ずっと他力信仰でやってきた。

他力本願の最大のハードルは『阿弥陀如来はどこにいるのか?存在していないことは歴然としているではないか』、そんな疑問をどう解決するかだろう ― もちろん仏教思想を大学で専攻すれば、この辺は、当然のこと、講義も聴き、自分でも勉強して消化しているに違いない。が、そんな時間は持ってこなかったし、統計学が専門の小生にはこれからも持てない時間である。

他方、自力本願の最大の難点は『自分の努力で阿弥陀如来の救済に相当するほどの悟りに到達できるなら人間は信じられないほどの力をもっていることになるが、それは本当だろうか?』、ま、そんな疑問であろう。

最近になって、だんだん理解できて来たので覚書にしておきたいのは、心の救済を願う阿弥陀如来は自分の心の中に潜在している特定の意識を指すのだろうという点である。

意識の中に存在すると考えれば、他力本願という思想は理路一貫する。要するに、救いとは病気を治してもらうという外面的な治療ではなく、悩みや不安からいかに解放されて平穏な心の状態にいられるかというそんな問題なのだろう。とすれば、特定の心の働きが救済をもたらすという考え方はそのとおりであるし、人間なら誰でも救いに至る心的要素をもっているようにも思われる。

所詮、「世界」というのは我々の意識であるわけで、その意識の中に「阿弥陀如来」というべき存在が認められるとすれば、他力本願による魂の救済の可能性は実に論理的であることになる。

この解釈の最大の難点は、心の救済を議論する場合は有効でも、人間の意識の外には、つまり客観的実在を対象として、阿弥陀如来やら観世音菩薩、勢至菩薩を思い浮かべても、もともとそれは自然科学的には無意味なことである。意味があるのは人間の意識の中においてのみである。そういう結論になってしまうことだ。

しかし、どうやらそうでないのかもしれない、と。

人間の意識をいまある状態に進化させたのは、他ならぬ客観的に存在する「世界」そのものである。だとすれば、人間の意識という一つの内定世界に存在するものは、すべて外側に源をもっていると考えるのがロジカルであろう。

こう考えると、阿弥陀信仰に基づく他力本願思想は、一つの救済思想として「人間の勝手なほら話」どころか、一貫した論理によって構築されている宗教論である、と。

こんな風に考えたりしているわけだ。

何日もすればまた忘れそうなので、メモっておく次第。

2016年7月25日月曜日

都知事選とサンプリング誤差

北海道で暮らしている身としては都知事選は関係ない。そもそもからして、昔住んでいたのは千葉の柏市であり、東京都には学生時代に下宿していただけで、その後は仕事で往復するだけだった。

そういえば、美濃部革新都政が誕生したときの親の驚いた顔はまだ覚えているなあ・・・、遠い昔のことである。

投票日まであと一週間に迫って、報道各社が事前の世論調査を行っているが、結果は各社マチマチで当日の結果は予想がつかない。事前の支持率は小池・増田・鳥越の順になっているようで、この点は各社で共通しているのだが、差はわずかであり、接戦を繰り広げているのは確かなようだ。足元の変化の方向は各社で書き方がマチマチだ。

差が僅差であれば、何人にヒアリングしたかというサンプルサイズが致命的な要素になる。大体、候補者が二人でともに支持率半々程度の接戦を展開しているとき、1000人のサンプリング誤差は1シグマで1.5パーセント程度である。確実に解釈したいなら、その2倍まで見込んでおいたほうがいい。とすれば、1000人に聞いたとしても2~3パーセントの差は「誤差の範囲」になる。

今回は候補者が複数だから、支持率がどう分かれるかは多項分布になるわけだが、いずれか一人の支持率がどの位あるかについては、上の二項分布を当てはめて誤差評価をすればよい。

ところが、各社のサンプリング数はせいぜい200人から300人である。300人なら誤差は1シグマで±3パーセント弱、200人なら同じく±4パーセント以内の誤差が混じるはずだ。2シグマまで誤差を見込むのが通常だが、それを言えば200人で8パーセントとなり、ここまで言ってしまえば、報道機関はカネの無駄遣いをしているという批判になってしまうだろう。

いずれにせよ「接戦」ということであり、どの報道機関も信じるに値する情勢分析はできてはいない。

ま、そんな受け取り方でいいのだと思う。

2016年7月23日土曜日

5月14日予測「7月ボトム」は結果オーライか?

5月14日投稿で書いた予測は、その時点で利用可能だった直近の景気動向指数を使って計算した結果だったが、その先行指数自体は3月末までの推移でしかなかった。これによると、先行指数(株価、長短金利スプレッドなど景気先行性を有するデータ群を一つの数値に要約したもの)は、夏までは下がるものの、7月で底打ちする気配がある。そんな結果であった。

さて、今日は7月23日だ。

鉱山業界のニュースサイトであるマイニング・ドットコムは次の記事を掲載している。

Metals and mining rally has staying power




There was a general pullback in industrial metals and mining on Wednesday on the back of a stronger dollar and lingering worries about global growth. But the dip doesn't mean that the upward momentum is now broken.


There hasn't been a lack of skeptics about prospects for the sector and at the start of the year producers themselves may not have expected nickel above $10,000 by mid-year, iron ore building a base above $50 or zinc up by 40% by July.


上の記事を見ると、鉄鉱石の価格がまだ相対的に弱いようだが、その鉄鉱石についても:

 鉄鋼原料となる鉄鉱石の価格が反発している。指標となるオーストラリア産の中国向けスポット輸出価格は7月中旬に1トン59ドル前後まで上昇、約3カ月ぶりの高値をつけた。直近安値の6月上旬に比べて2割高い。資源メジャーの増産に歯止めがかかりつつあるとの見方が出た。
 豪英資源大手BHPビリトンは20日、1~6月期の鉄鉱石の生産量が前年同期比2%減の2億2700万トンとなったと発表した。従来の生産目標を下回り、増産ペースが鈍っている。ブラジル資源大手ヴァーレとの合弁会社サマルコの鉱山で2015年11月に発生したダム決壊事故で、生産量が落ち込んだ。
 中国では6月以降に鋼材価格が再び反発し、底入れ観測が強まっている。需要回復をにらんだ投資マネーが鉄鉱石の先物市場に流入し、現物価格を下支えする。マーケット・リスク・アドバイザリーの新村直弘代表取締役は「製品である鋼材の価格からみれば、鉄鉱石は70ドル近くまで上昇する余地がある」と語る。

今日23日付の日経で上のように報道されている。

背景として鋼材市場の底打ち気配がある。22日付けの日経:

 世界鉄鋼協会がまとめた6月の世界66カ国・地域の粗鋼生産量は前年同月比0.03%増の1億3572万トンと横ばいだった。5月まで17カ月連続で前年割れが続いていたが、需要の落ち込みに一定の歯止めがかかった。
 世界生産の約半分を占める中国は1.7%増え、4カ月連続で前年を上回った。宝鋼集団など国有製鉄所は減産に取り組んでいるとみられるが、民間の中小メーカーが増産の手を緩めていない。
 欧州の28カ国は5.3%のマイナス。36.2%減と5月に続き大幅に落ち込んだのが英国で、インド・タタ製鉄の撤退などが影響したとみられる。南米9カ国と米国もマイナスだった。
 需給に引き締まり感が出てきたが、「ゾンビ企業」が多い中国の増産に歯止めがかかるか不透明だ。
世界経済の実態は、今なお鉄と電気でみるのが一番である。とすれば、これから徐々に将来景気に明るさが増してくる段階に来ているかもしれない。

株価は先行性をもつので、すでに株価はボトムアウトしつつある可能性がある。だとすれば、5月14日の予測も結果オーライであったことになる。

李克強・中国首相が『経済は安定している』と語るなど自信が伝えられているのも、それなりの方向感が出てきているためかと推察される ― もちろん中国のことだ、全ては人為的かつ「計画的に」実行されている市場操作であるという見方も完全に排除することはできまいが。

中国の李克強(リーコーチアン)首相は22日、北京で世界銀行や国際通貨基金(IMF)など主要な国際6機関トップとの会議を開き、「世界経済が低迷する中でも中国経済は安定を保っている」と強調した。23日に中国・成都で主要20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議が始まるのを前に、中国経済の先行きに対する懸念の打ち消しにつとめた形だ。
(出所)朝日新聞デジタル、2016年7月23日


 英国の国民投票、日本の参院選など不確定要素をファクターに入れず純然たるボックス・ジェンキンズ法で計算したのだが、意外や結果オーライになりそうになってきた。

そもそも経済外の政治的不安定性は経済予測ではノイズとなるので、データに潜在しているイレギュラーな要素を正確に抽出できたとすれば、それだけで予測には十分なわけである。たとえ政治的サプライズが事後的に発生したとしても『この程度のことはあらかじめ計算に入れているんですよね』と、そんな意味合いの数字として受け取るべきなのだろう。

さすれば、トルコのクーデター未遂、今回おこったドイツ・ミュンヘンでのテロ事件も、ノイズとして考えればよろしい。当初の予測で問題なし。そうなるのか?

ウ~~ム、難シカ。

ノイズではあるのだろうが、経済全体としてボラティリティが上がっている。これだけは言えそうだ。


2016年7月21日木曜日

30年来の課題: GDP速報公表の早期化

このところ断続的に、何度か日本のGDP速報をもっと早くできないかという報道が新聞、特に日経紙上でなされている。

たとえば今日21日にはこんな記事がある。
 野村証券は毎週火曜日、世界中のエコノミストが集まる電話会議を開く。同証券の木下智夫氏は「速報値をもとに議論が進むなか、日本は予測値で話さざるを得ない」とこぼす。欧米の速報値がそろっても、日本が出るのはさらに先。世界経済の現状分析を投資家らに素早く伝えられないもどかしさがつきまとう。

 一国の経済規模を示すGDPは、政府の政策や企業の経営計画に生かすうえで最も重視される政府統計だ。とりわけ速報値の注目度は高い。

 日本では、内閣府が約200の統計と聞き取り調査をもとに作るが、もとになる統計は役所ごとにばらばらだ。鉱工業生産指数や家計調査など各月の数値が固まるのは1カ月後。内閣府はそこから2週間でGDP速報値を作る。各省庁の統計作成にかかる時間と手間がGDPの公表を後ずれさせる面がある。
(出所)日本経済新聞、2016年7月21日 

この記事のタイトルは『さびつく政府統計(中)』で、副題は『速報 世界に見劣り』とズバリ言われているので、GDP推計の現場では上からかなり強いハッパがかかっているものと推察される。

小生もまた、今から30年近く前にさかのぼるがGDPの現場で仕事をしていたことがある。いやあ、若かったなあ・・・とまあ茫々たる過去になってしまったが。

当時から『もっと早くできないか』というリクエストはあった。というより、それ以前にもずっとあった要望である。

理髪も新幹線も早ければ早いに越したことはない。


上の記事にもあるが、内閣府は他省庁から推計のための基礎データが入手された後、突貫工事で概ね一週間程度のうちに数字をほぼ固めてしまう(正しくは、シマッテイタわけだ)。あとは精査と内部説明の時間である。

当時(=小生が現場にいたころ)は、まだ「大型汎用電子計算機」の黄金時代の末期で、各需要項目担当者は何巻もある重い磁気テープを(いまから考えればフルサイズでもせいぜい640MBほどのデータを記録していたにすぎないが)、荷台に載せてエレベーターを使い、3階下にある電子計算式室に移動していったものである。そうそう、磁気テープに加えて、プログラムコードを打ち込んだパンチカード一式も持って行った。

そんな時代に比べれば作業もずいぶん効率化されたに違いない。何しろ、昔は家計調査データもファイルではなく、湿った青焼きコピーで統計局からもらっていたのだから・・・。それがいまの時代になっても、GDP速報の公表時期があまり変わらないのは、あまりにも可笑しいではないか、と。まあ、そんな疑問が出てくるのは当然だ。


もちろんその主要因は、約8千世帯に家計簿をかいてもらうことで消費データを集めている家計調査統計を基礎資料につかっているためだ。

ただし、上の記事では
米国のGDPが素早く公表されるのは、大部分を占める個人消費の統計が早めにそろうのが大きい。消費者の調査を使う日本と異なり、販売側のデータに一本化。確報段階で大きく修正するケースもあるが、民間も速報値を予測しやすい。
こんな下りがあるが、日本では消費者の調査を使うといっても消費推計金額全体の中で大体3分の2程度を占めるにすぎない。自動車購入額など生産側から直接とらえる割合は案外に高いのである。

それでも統計局の「家計調査」が不可欠の情報であるのは今でも事実だろう。ここを一変させてしまえば、日本のGDP速報も早期化の基礎条件が整うことになるだろう。

が、そんなことが出来るのか?
消費者が、たとえ中高年齢層の主婦が実際には記録しているにしても、家計調査というデータを全く使わないという消費推計が望ましいのか?

大体、百貨店販売額、あれは消費推計には使えませんぜ。インバウンドはそもそも国内産業から非居住者への販売、つまり輸出。中国の日本商品に対する消費に含まれる。大体、百貨店は日本人に売ったか、中国人に売ったか、データを正確にとっているの?通関データを使うしかないんでしょ。百貨店で買ったとは限らないよね。

あるいは生産側というので品目別の生産動態統計でも使うか。しかし、消費者に渡ったか、業者に渡ったか、どうしたら分かる?それと、生産動態は物理的な数量の増減だから、販売価格は別にとらないといけない。本当に実売価格のデータがとれるのか?家計調査の品目別購入額と大きな違いが出たらどうする?いやはや、これはこれで大変だと思うのだがなあ。もちろん確報では今でもコモディティフローで生産額トータルを押さえている(と思う)から、速報でそれをやると理屈は通る。さて、『どうしたもんじゃろうのう・・・』。

まあ、問題意識は30年来全く同じだと思う。報道されている指摘はもっともなのであるが、どんな消費推計システム、投資推計システム等々になるのか予断を許さない。



海外では生産側統計を使うのが主流だが、それは海外には日本の家計調査に匹敵する固い情報がないからである。せっかく存在するのに利用しないのか?そんな疑問はたとえ推計方法を変革したとしても、やはりずっと付きまとうだろう。

統計の中でも精度が高いといわれる消費者物価の現実妥当性に疑問を呈されることが多いが、その根拠も大体は家計調査。消費者の生の記録をみて、物価統計を批判することが多い。それなのに、GDPを早く出すのでもう使わない・・・とな。

まあ、色々な意見が出てくるであろう。

むしろGDP統計とは全く別の、消費に関連する諸々の情報を縮約する数値を計算するほうがしがらみがなくて良いのではないか。設備投資もそうだ。

何しろいまは「ビッグデータ」の時代である。景気判断に有用な情報はデジタル化された形式でいくらでも安価に利用できるはずだ。

無際限のデジタル数値からAI化されたGDP推計ロボットがマクロ統計を作成する。そのくらいは技術的に可能なはずだ。それも毎月、月が明けたら2日か、3日には前月のマクロ統計が出てくる。

これが本筋ではないだろうかねえ・・・。

GDPと同じ形の表で出したいなら出せばいいだろう。ただし、きちんとした確報は後できちんと出す。ここは譲れないところだろう。

その意味では、合計数値だけが利用されている、にもかかわらず<宝の持ち腐れ>になっている感もする「景気動向指数」の在り方をもう一度考え直すほうがよいかもしれない。

上の記事でも最後に述べているように、なぜGDP速報を早く利用したいかといえば、
 第一生命経済研究所の新家義貴氏は「発表が遅ければ、たとえ精度があがっても、政策判断などに利用されない」と警鐘を鳴らす。速報を軽んじれば、経済浮揚も見えなくなる。
このように「景気判断」のためである。

GDPとは社会全体の生産水準のことだ。家計簿記入を人力に頼っていたら時間もかかるでしょう。要するにこの一点なのだが、しかしこのステップは必要ではないんですかと。

必要なデータがないのは我慢できないという言い分は確かにわかるが、もっと別の発想がいるのじゃないか。できることは沢山ある。そう思いますなあ。

2016年7月20日水曜日

7月14日の続き: 今後の税制戦略について

マーティン・フォード『ロボットの脅威』(日本経済新聞出版社)の最終章に同じことが書いてあった。


  • 自動化・AI化による「ロボット革命」が進行することで、労働分配率の低下はこれからも続く。
  • ベーシック・インカム制がただ一つ有効な救済策になる。
  • 企業課税強化が時代に合致する税制だ。


まったく同じことが書かれてあったので吃驚した。

ということは、かなり多数の人がこの方向に目を向け始めているということであり、つまり実際にこうなることはほぼ確実であるのだろう。

ただ日本の財政問題は、日本特有のものだと言いうるほど巨大な規模である。企業課税だけでは十分ではない。結局、相続税率大幅引き上げという選択に至るだろう。この予測に変更はない。

ま、10年から15年の間にそうなるだろうという将来予測だ。

2016年7月16日土曜日

21世紀は宗教の世紀になるとは思っていたが

江戸時代に日本の政治権力は宗教的権威をほぼ完全に抑え込むことに成功し、日本社会は限りなく無宗教社会になってきたと思われる。

これは幕府政治の大きな貢献だと思っている。

いまでも残っているのは、初詣や伊勢参り、御大師様や南無阿弥陀仏など、断片的なレジェンドが日常の暮らしにあるだけであって、体系的で俗世間を超越する信仰という行為が社会を動かすという、そんな側面は現代の日本社会では想像しにくい。

こんな無宗教化は、程度の差こそあれヨーロッパでもアメリカ社会でも地球のどこでも進行中であり、キリスト教なり仏教が果たすリアルな影響は、実際には無視できるほどに小さくなったと小生はみている。

そんな現代日本社会においても1990年代前半にオーム真理教が世間を騒がせた。その教団が実行した多くの事件はWikipediaでも紹介されている。

最近も小生が暮らしている北海道という地で、オーム真理教はアレフと名を変えて、徐々に徐々に復活しつつあると伝えられている。

ではあるが、もはや宗教や信仰は、社会全体の中では非常にマージナルな存在でしかなく、人はますます理屈っぽく、頭でっかちで、技術好き、科学好き、機械好き(もっと言えば、お金好き、美食好き、不倫好き?)になりつつある。神という絶対的存在にはますます不感症になりつつある。そう感じているのだな。


この2,3日に立て続けに発生したフランス・ニース市のテロ事件、トルコで発生していると報道されている軍部クーデターと軍によるイスラム拠点の攻撃。これらは、イスラム教という世界宗教が分裂し、迷走しつつある現象とみてよいのだろうか。そんな疑問を感じるわけである。

おそらく「格差拡大」とは関係はないのだと思われる。「資本主義」や「自由主義」とも関係は薄いのだろう ー たとえばISがスローガンにしている汚れた先進資本主義国という呼び名にかかわらず、現実にはるかに多数のイスラム教徒は現代社会で生を送り、豊かな国を望んで移民し、礼拝をし、その大半は移民先に溶け込みつつあるという事実がある。暴力的イスラム・テロリストとイスラム教は、本来は何の関係もない。そうみておくのが正しいのだろう。しかし、イスラム教が暴力を正当化するグループにいま利用されている。そんな宗教はほぼイスラム教だけであるのではないか。

利用されつつあるイスラム教徒は怒りを表現するべき立場にあるはずだが、寡聞にしてイスラム過激派に抗議をするイスラム信徒の集団的行動が伝えらることはない。イスラム社会の権威が『彼らはイスラム信徒にあらず』という声明が何度もなされているにもかかわらず、世界のイスラム信徒に強いリアクションはない。

人間に対する暴力を肯定する教義がイスラム教には潜在しているのだろうか。

今後10年ないし20年は、イスラム教という世界宗教が、足元における信徒数の増加にもかかわらず、未来社会で生き残っていくかどうかの分岐点であるかもしれない。もともとイスラム教は、ビザンティン帝国内の宗教政策の失敗によりアラブ民族が離反した段階から派生した民族活動であった。今日のイスラム世界の混乱には、西欧の植民地大国に大きな責任があると言われる。確かにそうだろうが、それと同時に石油という俗世間的富を得て堕落した自らの社会と、堕落した上流階層に対する怒りの感情を制御できなくなっている。そんな一面もあるに違いない。

精密な論理で聖界と俗界を整合させ構築した中世カトリック教会に対して、近世のとば口で突如として怒りを爆発させたドイツの田舎牧師マルティン・ルーテルならば、イスラム社会の底に広がるいまの怒りの感情を多分理解できるのかもしれない。

以上、覚書きに記しておく。


2016年7月14日木曜日

7月6日への補足: 消費税率引き上げも必要だろうが

高齢者層は基本的に不労階層。得ている所得は不労所得である。

生計費は、ロジックとしては貯蓄の取り崩しで賄うか、その時点のGDPからもらう(=所得再分配)方法しかとりえない ー むろん他者の資産を当てにする道(=資産課税)がないわけではないが。

大多数の高齢者を支えるのは所得再分配によるしかない。しかし、税率引き上げに耐えられる勤労者はそれほど多くいるわけではなく、貯蓄率が高いわけでもない。

前の投稿で述べたように、第4次産業革命や自動化・AI化、ロボット革命がこれから進行するとすれば、労働需要が抑えられ、利潤分配率が上がることが予想される(そうならなければおかしい)。資本所得を税源にするのが自然だ。


こんな状況で、法人税率を引き下げ、消費税率を上げるというのは、(ロジックとしても政治的にも)難しいし、効率性が低い。挑戦を繰り返しているうちに問題が拡大する。

<法人税率引き上げ等企業課税強化+特定先端投資減税拡大>の合わせ技が最善だと思われる。

実際、日本の民間企業は国内投資を抑えながら、内部留保を蓄積し、海外で資産を運用するという傾向がますます強まっている。本来は配当に回せば、所得税で収納できるのだ。

もちろん消費支出は社会の中で最も安定した税源だ。消費税率を15%まで引き上げるのが望ましいと、それは同感だが欧州のように20%、22%、25%という水準にまで引き上げるのは文字通りの「泥縄」だ。「だから軽減税率」というわけだが、すでに高齢化社会がそこにある現状では時機を逸してしまった。実現不可能ではなかろうか。

欧州の付加価値税(VAT)は大勢が20%台であり、日本の消費税の手本にもなっているので、税務当局も周回遅れで税率引き上げに執着しているのだと思われるが、何事にも時機と好機、タイミングがある。タイミングを間違えると、好手も悪手となる。

新たな<税制戦略>が必要になってきている。TPPもそうだが、高齢化を支える産業構造、技術基盤を促進するという戦略眼がなければならない。

国際的共通税制などは夢のまた夢、欧州内財政移転も「日暮レテ道遠シ」というところだろう。


2016年7月13日水曜日

覚え書: 南シナ海仲裁裁判判決に関連して

中国政府が主張する「南シナ海九段線」が、12日、ハーグの仲裁裁判所の判決で真っ向から否定され、中国の完敗になった。ほぼ予想通りの結果である。

こんな記事がある。
李克強総理は13~16日にモンゴルを訪問するとともに、同国の首都ウランバートルで開催される第11回アジア欧州会議(ASEM)首脳会議に出席する。人民日報が伝えた。 
李克強総理の外国訪問は今年初であり、ASEM発足20周年、モンゴルの新政権発足にあたる。李総理はアジア欧州のコネクティビティ強化、中国とモンゴルの実務協力強化について新たな提言と措置を打ち出すとともに、アジア欧州協力のアップグレード版を築き、中国とモンゴルの実務協力に新たな1ページを開くために強固な基礎を築く。
(出所)人民網日本語版、2016年7月12日


本日はもう北京を離れているのか。数日は帰らないのだな。

何だかわからないが、記録しておこうと思った。

今年は申年だ。『申酉騒グ』という言い伝えがある。今年の世界では十分騒ぎがあったと思うので、もうこれ以上はないことを望む。

2016年7月11日月曜日

民主主義と「私の民主主義」

参院選はほぼ事前の予想通りの結果になった。世論調査は信頼できないという指摘がある一方で、選挙結果はこれまで概ね事前の世論調査どおりになることが確認できている。

英国の国民投票では予想が様々分かれていて、まったくどうなるかわからなかった。たとえ僅差であっても、繰り返しサンプル調査を反復すると、まあ大体は推測がついてくるものなのであるが・・・奇妙だったネエ。

それで与党の勝利という結果になったのであるが、マスメディアの論評が面白い。

本日の道新のコラム記事では元首相・田中角栄が話題になっている。『政治家が自分の選挙区民と会うことは民主主義なんだ。国民の声を聞き、政治に取り入れるんだ』。いいじゃないですか。「数の力を誇示した足跡からは意外だが、謙虚さは見習いたい」とも述べている。

ちょっと矛盾した思考法ではないか。国民の多数の声を聞き、多数の願望を実現したいと政治をするなら、たとえ少数の知識階級の理念・哲学とそぐわないとしても、できる限り現実にある多数の声を通していく。とすれば、理想主義にはしるエリート層の立場からみれば、数の力を誇示するような政治姿勢にうつるだろう。

謙虚さが必要であるのは、まず第一に知識階層であることを忘れるべきではない。エリート層が唱える民主主義とは、自分が勉強した民主主義、いわゆる「私の民主主義」である。

それにしても東北・北海道では野党が勝利、西日本では自民党が勝利。これほど地域間で支持率に差が現れたのは、あまり記憶がない。二大政党への社会基盤が整いつつあるのではないか。そう見ることもできるかもしれない。

それと年齢別の与野党別支持率。意外なことに若年であればあるほど自民党の支持率が高い。最も若い10代・20代では民進党に対して自民党がダブルスコアである。ちょっと吃驚である。

社会保障、介護重視の民進党には(中低層の)高齢者が集まる一方で、意外や現役世代には「うざったい」と思われているのだろうか。若者は決して社会の「弱者」ではないし、女性もまた社会の「弱者」とは決めつけられない。「弱者」は、案外、いまの日本社会で多数派を占めてはいない。保護より仕事を。とられる話より稼げる話しを。これまた今の現実であるかもしれない。

とはいえ、福祉・再分配重視/経済活動・成長重視。ここにも二大政党制への隠れた(というより、戦後日本でずっと見られていた伝統的な)道筋をみるべきであると。こうも言えるのか。

2016年7月10日日曜日

入試の「得点調整」から選挙の「投票調整」へ進化することができるか?

本日は参院選投票日である。いま見ている日曜ワイドショーでも選挙の話が出ていて、そうなると(当然だが)「シルバー民主主義に問題はないのか」という展開になる。

ただ、シルバー世代には気の毒な気もする。こんな話をテレビ画面でやっていいのかとも思う。高齢者が人口の高い割合を占めたことに対して高齢者に責任はない。しいていえば、3人兄弟で育った団塊の世代が2人しか子供を作らないとすれば、そして二人兄弟で育ったジュニア世代が晩婚化し、育てても一人っ子が多いのであれば、これは高齢化が必然だという話になる。このプロセス全体に高齢者世代に責任はあるかと問われれば全くないわけではないのだろう。

まあ、理屈の話だ。

小生の感想だが、現実に高齢者の人口が多い以上、多人数を占める高齢者の意見に耳を傾けて国全体の方向を決めていくのは、当たり前であるとは思う。

が、高齢者の投票率は若年層の2倍は高いとなると、やはり問題であろう。実際に投票をしている人は、約半分が高齢者であると。それも仕事をしていない人たちであると。それで決まってしまうのかと。日本社会のご隠居じゃあるまいし、小生でなくとも、これは可笑しいと思うはずだ。

最近の入試センター試験では、同じ理科であっても異なる科目の間に平均点の大きな差が出てしまうと、素点で評価すると不公平になるので、得点調整をかけることがある。得点調整をかける場合の計算技術には、正規分布と標準化が応用されていることが多いのだが、選挙でもあまりに年齢層間の投票率の違いが大きくなれば、投票調整をかけてもいいのではないか。

雑駁に言えば、若年層の投票率が30パーセント、高齢者の投票率が60パーセントの場合、若年層の投票数を2倍計算するかどうか。単に2倍するのが論理にかなっているか。マア、こんな問題意識である。

先ごろ行われた英国の国民投票でもロンドンの豪雨が投票率に影響して、それが離脱派に有利に作用したという報道があった。

このような問題は、データ収集過程に必ず発生するミス・レポーティング(未回答)の処理をどうするかという課題にも通じるもので、多くの研究成果の積み重ねがある。支持する候補者、支持する政党と、年齢、投票率等の間に相関がある場合は、調整のための計算技術も複雑になる。

投票調整の計算技術を研究しておくとよいのではないだろうか。
これは統計学者にとっては挑戦しがいのある問題ではあるまいか。

2016年7月9日土曜日

参院選: 民進党の戦略的誤りか

参院選が近づいてきた。

与党の安倍総理の演説が受けているそうで、そんな報道がある。アベノミクスや消費税率引き上げ再延期を話しているうちは、マアそんなものだろうという冷めた雰囲気があるが、そのうち「もれなくついてくる共産党」という辺りから政談に入ると、にわかに熱気が高まり、最後に「気を付けよう、甘い言葉と民進党」で締めくくると、割れるような拍手がまきおこるとのこと。

これまた<劇場型政治>の一例じゃなあ、そんな感じがする。ワンフレーズ・ポリティックスでは、上手なキャッチコピーを思いついたほうが勝利をおさめる。そんな法則があるのかもしれない。

オバマ大統領の誕生を支えたのも"Change!"と、"Yes, We Can"だったねえ・・・。これはツーフレーズ・ポリティックスだ。レコードのように、ガアガアとノイズが入ると、時代の風合いがついて更によし、だ。


民進党の岡田代表はいかにも散文的だ。<理屈>というのは、アピールしない。大体、<理屈>というのは、数名のゼミで有効な説得術であり、勉強するための大学という場でも教室内の出席者が200人を超えると、授業当日に<ロジック>を展開しても学生は寝るだけである。

そもそも与党の3分の2を阻止するなどという戦略がありうるのか?こんなことが戦略になるのか、さっぱり理解できない。

改憲勢力が3分の2を超えれば憲法改正をしかけてくるという警戒感であるというのは言わなくともわかるが、憲法改正は野党にとっても脅威だろうが、与党にとっても大変なリスクなのである。

憲法改正が必要であると回答する国民は、各種世論調査で25パーセントを超えるか超えないかという高さで推移してきている。4人に1人である。

他方、明確に反対する国民は直近の2015年NHK調査で30パーセント、このとき賛成と回答したのは22パーセントである。

世論調査で、改憲賛成が反対を上回ったことは一度もないと記憶している。

仮に、衆参両議員で憲法改正を3分の2以上の賛成で可決し、国会が改憲を発議したとしても、国民投票で過半数の国民が賛成の票を投じるかどうか、現状では極めて可能性が低い。

内閣が主導して、改憲を発議して、国民投票で否決されれば、常識的に考えれば内閣は総辞職するであろう ー しなければ、不信任案が提出され、与党の一部も賛成に回り、不信任案が通ることはまず間違いない。内閣がと書いたが、正確に言えば与党の総裁を辞任するべき筋ということになる。

そして、総選挙となるのが必至だが、与党は大敗するだろう。だけではなく、改憲勢力は二度と回復できない政治的ダメージをうけると予想される。

そのあと(=宴のあと)の参院選でも改憲勢力は退潮するであろう。

与党議員の大半は、真に憲法改正をしたいと考えているわけではあるまい。こんな危険をおかして、本当に改憲発議の勝負に打って出るとは到底予想できない。


最重要なことは、過半数の国民が了解できるような憲法改正案を提案できる政党であるか否か?

これだけである。

民進党は、改憲勢力が3分の2以上をとろうと構うことはないのである。巨大なリスクは憲法改正を発議する側にある。

ここは腰をじっくりと落として、真に国民が望む政策、というより<国民がとるべき政策>とはなにか。それを真剣に議論し、党内でまとめることだと思われる。

2016年7月8日金曜日

経済予測: 5月14日時点の予測のままでよいか?

世界的に株価の動きはさえない。BREXITのせいだと決めつけているが、仮に英国が残留を選択していたとしても、その時はその時で米・FRBの金利引き上げ予想が高まって、やはり株価はさえなかったであろう・・・というのは、典型的な「レバ・タラ論」である。

が、学問分野としての将来予測をみると、最初から最後までレバ・タラ論で終始している。とにかく予測というのは「ここまでを予測の材料として使うのであれば」と、常にそんな枕詞はついて回るのだ。

7月に入っても日本の株価は低迷を続けている。ただ、5月14日の時点で ― その時点で利用できるデータは概ね3月までのデータであったのだが ― 春までのデータを見る限り、株価をはじめとする先行指数は7月にボトムを形成するであろう。そんな計算結果になっていた。なので、実態経済が先行指数に追いついてくる今秋以降は徐々に温かみが日本経済全体に感じられてくるのではないか。そんなことを前の投稿では記述している。

ちょっと考えてしまうのは次の点だ。

5月14日時点では英国の国民投票があのような結果になるとはわからなかった。実際には、想定外の「離脱」と出たのだから、そのネガティブインパクトを予想に加えて、予想は下方修正する。故に、国内先行指数の7月ボトム説は捨てなければならない。それが一つ。

いや違う、と。前の予測計算は(変わり映えのしない)ボックス・ジェンキンズ法でやったのだが、簡単にいえば、データに含まれているノイズの部分と過去の動きから予測できる部分を分離する作業のことである。

これまでの30年程度の動きをみながらノイズを抽出して計算したのが前の結果だ。当然、リーマン危機もあったし、東日本大震災もあった。「異常」だと思われるデータをすべて「この時期は異常だったし・・・」と外生的に別扱いにすれば、将来予測という計算は成り立たない。なので、すべて予測しがたい要因は、一定の確率分布の下で生じうるノイズと前提しているのだ。

その結果が7月ボトム説。だから、実際にUK離脱の結果が出たからと言って、予測の下方修正をするべきだとのロジックは出てはこない。

どちらの考え方をとるべきなのだろう。

ま、もちろん直近の観察値を含めて再計算するのがベストであることはわかっているが、考え方として上の問題を意識しているのだ、な。


2016年7月6日水曜日

覚え書: 高齢化の中では、実質賃金が伸び悩み、労働分配率が低下するのがロジカルだ

付加価値がどのような割合で賃金と利潤に分配されるかという問題は、リカード、マルクス以来の大問題である。

そして、いま労働分配率が低下傾向をたどっているのは、グローバルな規模で進行している格差拡大の象徴であるとも言われる。日本も同じであって、間もなく投票される参議院選挙でも大きな論点になっている。

***

当たりまえの点に気がついたのでメモしておく ― いま思いつくのも頭脳活動が低下した証拠だが。

国民所得とは付加価値の生産に参加する生産要素が獲得する報酬の合計である。

総人口が100として100全員が現役世代であれば、付加価値は働いて得る労働所得と資本を提供して配当・利子・賃貸料のいずれかを得る資本所得のいずれかに分かたれるという見方が経済分析の上でも効果的だ。もし労働所得部分に経営者自らが働くことの報酬である役員報酬(の一部)を含めるとすれば尚更だ。

もし全員が現役世代であれば、実質賃金の上昇は人の暮らしが向上することと裏腹の関係になる。

が、高齢化が進むと言うことは、働かずして所得を得る人の割合が増えるということだ。高齢者全体が得る所得はその社会の労働所得ではない。

***

現役世代が減少すれば、賃金が上昇する(はず)ので、人から設備への代替を進めるプレッシャが生じる。たとえば自動化や人工知能(AI)を活用したロボットへの代替はその一環だ。

介護施設で働く人の数を増やさない一方で、一人一人にパワースーツ"HAL"を支給し、労働生産性、持続可能性を確保しようとするのは具体的な一例だ。パワースーツの装着可能性向上などR&D投資が増えるということは、典型的な資本深化の一例だ。もし人ではなく、全面的に介護ロボットにシフトするなら、もっと資本集約化が進むことになる。

これらの一連の事柄は、施設運営者の利益拡大 ― ヒトは高く(なければならない)、ロボットは安い ― の努力として進むはずだが、結果として現場で働く人、介護をされる人の満足度向上にプラスの寄与をすることを理解できないはずがない。

高齢化が進む中で賃金の規制や介護方法の規制など規制を全面的に撤廃すれば、機を見るに敏な経営者が勝ち組となる可能性が高い。しかし、社会的には望ましい状態を作ってくれる可能性が高い。

それは社会の進化というものではないか。


***


機械への代替が進む中で賃金上昇は緩和される。人は減るので労働所得の増加も抑えられる。他方、資本集約化されることで生産活動は全体として減ることはないので、利益が拡大する。労働分配率は低下する。

「悪い低下」ではないだろう。

ロボットの持ち主が得る報酬は賃金ではなくレンタル利益、つまり利潤である。

自動化とロボット化を進めることで、高齢化社会の生産活動が維持可能となる。この方向を促進することは高齢者の生活水準向上、格差拡大を縮小するという政策目的にも寄与するはずだ。


***


高齢化社会においては、実質賃金の伸び悩み、労働分配率の低下を問題視するべきではない。むしろ経済問題が合理的な形で解決されつつあることを裏付けるものだ。

人口増加社会における経済的な常識は、人口減少社会においては経済的な非常識となる。

2016年7月2日土曜日

ポスト”BREXIT”: 英国株の怪(?)

英国の離脱派の巨頭と目されていたボリス・ジョンソン氏。仲間のゴーブ司法相の裏切りにあい、あえなく党首選辞退のやむなきに至ったとのこと。

 ゴーブ氏の友人によると、ジョンソン氏による英紙デイリー・テレグラフへの寄稿文が難解で、指導者としての資質を懸念する声が保守党内に一層高まったという。

 非難の応戦も始まった。ジョンソン氏の友人はこの記事は「ゴーブ氏が校正した」と証言する。また党首選運動の混乱も、運動を率いたゴーブ氏が原因だと主張する。

 29日夜、ある電子メールが流出した。書いたのはゴーブ氏の妻で英紙デイリーメールのコラムニストでもあるサラ・バイン氏だ。バイン氏がジョンソン氏の性格を疑問視する内容だった。

 バイン氏はこのメールの宛先を誤り、結果として民放スカイニュースが入手したという。だが「流出を前提に書かれている」とジョンソン氏の支持者は話す。

 真実がどうであれ、ジョンソン氏が出馬表明をしようかという日に大きな痛手となった。各紙は内容を1面で報じた。

 ゴーブ氏は30日朝に決定打を加えた。午前9時すぎのプレスリリースで出馬を表明。ジョンソン氏の指導者としての資質に疑問を投げかけた。

 ゴーブ陣営は事前にジョンソン氏に電話で知らせようとしたが、つながらなかったとしている。ジョンソン陣営は「着信はなかった」と反論する。

 ジョンソン陣営ではある臆測が広がる。ゴーブ氏はキャメロン首相の辞任に罪悪感を感じ「ジョンソン下ろし」に加わったというものだ。

(出所)日本経済新聞、2016年7月2日、(元記事)Financial Times


欧州においてもやはり「裏切り者」の烙印は成功への最大の障害となるようだ。ジョンソン氏の父親はゴーブ氏の突然の背信を聞き、"...and you, Brutus"と言ったとか。


7月1日付のTelegraphには次のような報道があるので、いまの英国政界は一寸先が闇である。

Andrea Leadsom was last night emerging as the pro-Brexit choice for Conservative leader after support for Michael Gove faltered in the wake of his plot to remove Boris Johnson.
The Telegraph understands that around 30 MPs who had previously declared their support for Mr Johnson will next week endorse Mrs Leadsom, making her the most popular anti-EU candidate.
Mr Gove - who had hoped to become the leading Brexiteer in the race - has instead been ostracised by MPs furious at what they regard as an act of "treachery" following his decision to abandon Mr Johnson at the eleventh hour and run for the leadership alone.

レッドサム議員ですか・・・。

知恵は称えるが、と同時に背信的行為を憎むという人間の微妙な心理は、古典古代のトロイア戦争の時代から現代にいたるまで、同じである。

だから同じような行動がそのまま反復されているわけであり、だからこそ時代を問わず、権力闘争は外部の人間にはとても「面白い」のだ。




それにしても、こんな政治ドラマが進行中のイギリスお膝元の英国株を、小生、物好きにも買ったのが5月から6月23日まで。

「離脱」と出て、非常に下がりましたー日本株も同時に下がり、かなりの損になった。

しかし、今日現在、下がったままの日本株の損失を、国民投票前の水準を超えて回復してきた英国株の値上がり益でカバーしている状態である。

これは英国株の怪というべきか、冴えない日本株の怪というべきか・・・。

これもポンド安、円高という為替相場のなせる業と言われれば、経済の理屈は通る、どうせ一過性の怪であることはわかる。

それでも常識では解せないねえ、火元は英国だっていうのにねえ。そんな心境だ。