2015年3月4日水曜日

ドイツの反省と日本の反省

ドイツで今なお愛唱されている名曲に"Die Alte Kameraden"がある。日本語に訳すと「旧き戦友」とでも言えるだろうか。

実はこの歌は軍歌である。作曲したタイケはドイツ陸軍付きの音楽家であり、作ったのはドイツ帝国のウルムの部隊に勤務していた1889年であるとWikipediaでは説明されている。

第二次大戦前のナチス政権下でも大変人気のある愛唱歌であったはずであり、YouTubeにも幾つかが(作成は最近のものが大半だが)アップされている。

たとえば"Music of the Third Reich - Alte Kameraden"を視聴すれば、戦前期・ドイツの軍国主義の雰囲気を多少でも感じられる。日本の例をあげれば、さしずめ『軍艦マーチ』、というより『戦友』あたりがドイツの"Die Alte Kameraden"と同じポジションを占めていた。そう言えるのかもしれない。

小生の少年時代は、まだまだマンガ雑誌でもゼロ戦や隼が人気の的であり、少年飛行兵を主人公にしたアニメも多数あったのだ。しかし、現代日本においては、もやは旧・軍歌を聴くことはない。たまに『永遠のゼロ』が大ヒットすれば、そのことが右傾化する日本の証拠だと中・韓両国から批判されたりする。戦後日本は、戦争を放棄し、武力を行使しないと憲法で定めている。それは戦争への反省の結果である。それ故、安倍政権が誕生してにわかに集団的自衛権を行使可能とするなど、非常な急展開が進むことで、なにか重要な方向転換が日本で行われていて、それに反発する近隣諸国が『反省しているドイツ・反省しない日本』というシンプルなキャッチフレーズで非難する。そんな状況に立ち至っているわけだ。

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ドイツでは今もなお"Die Alte Kameraden"は人気のある愛唱歌であるらしく、また色々な場所でオープンに演奏されてもいる。

大変に人気のある指揮者アンドレ・リュウ(Andre Rieu)とドイツの国民的・大衆的歌手ハイノ(Heino)がコラボした"Rosamude"は小生の好きな一品であるが、同じHeinoが渋い調子でリアル感を出して詠っている"Alte Kemeraden - Heino - Lyrics"は更なる逸品である。日本でいえば森進一が軍歌を一般公衆に向かって聴かせているようなものだろう。
長年会っていない戦友が再会した。昔はみんな若かった。あれから色々なことがあった。生きている間は短く、死んでからの時間は永い。苦しい日々は過ぎた。時代は移り変わった。だから、いまこの時こそ、杯をほそう。乾杯しよう。我々は戦友なのだから。
こういう感情は万国普遍であろう。というより、戦後ヨーロッパという世界で進んだ「和解」には心底驚かされる。

想像しようとしてみたのだが、日本で旧軍の戦友が再会し、それがマスメディアでも放送され、若い世代から祝福される。そんな光景がありえるだろうか。無理だろうねえ……、『日本は戦後ずっと反省してきた。それを無にする催しである』と、きっとそういう批判が起きるのではないか。まして戦友ではない老若男女が多数集い、「軍艦マーチ」や「海ゆかば」をみんなで合唱して盛り上がるなどという光景は、今となってはまず成立しがたい。

だとすると、戦争をめぐって日本とドイツの状況は違っているのであり、戦後ヨーロッパと戦後アジア世界、戦後日米関係の中で、どこの何が違うのか、と。問題意識をどうしても持ってしまうのだな。

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陸海空のドイツ連邦軍が戦後創建されたのは1955年のことだ。日本では『もはや戦後ではない』というキャッチフレーズが『経済白書』をかざり、復興から高度経済成長へと歩み始めた頃である。

それから日本は帝国陸海軍のことは記憶の彼方に忘れ去ってずっと過ごしてきた。

実はドイツは徴兵制度を続けてきた。第二次大戦後早々のドイツでは反軍感情が強く、志願制にすれば兵が集まらないと懸念されたからであるという。Wikepediaには、この間の事情が以下のように解説されている。
ドイツは長年徴兵制度があり、満18歳以上の男子には兵役義務があった。連邦軍発足当初は、志願兵制を導入していたが、第二次大戦の後遺症で国民の反軍感情、反戦意識は根強く、志願制に頼っていては人員を確保できなかったからである。徴兵制の施行にあたっては、第二次世界大戦の歴史的経緯を踏まえて、良心的兵役拒否も申請することが認められた。この場合には、代替義務 (Zivildienst)として病院、老人介護施設等の社会福祉施設で兵役義務と同じ期間だけ社会貢献することになっていた。
2011年7月4日、ドイツは正式に徴兵制の「中止」を発表し、2014年までに職業軍人と志願兵による部隊に再編する予定となっている。今後の安全保障環境の変化によっては復活させる可能性にも含みを残しているが、事実上の廃止と考えられている。しかし、徴兵制が廃止されると、徴兵の代替義務も無くなることになり、これまで若者の代替義務によって成り立ってきたドイツの社会福祉政策は大きな転換を迫られることになる可能性がある。
 兵役の義務、良心的兵役拒否と代替的な社会奉仕活動、これらを前提とした社会福祉制度の在り方まで含めて、ドイツはいま改革の時期にあるというわけだ。

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日本で兵役の義務が復活することは、現行憲法ではありえないし、現行憲法の改正手続きを踏んで公布される新しい憲法においても徴兵制度が復活することはないだろう。故に、日本で国民皆兵が再び出現するのは、正しい手続きによらずに憲法が改廃される異常な事態によってでしか論理上まずありえないことである。

これも戦争の反省から結論される結果であるが、ドイツの反省の形と日本の反省の形には、確かに言われている以上の大変大きな違いがある。

武力の行使を自らに禁止したことは、日本の厳しい反省であり、それは平和へのコミットメントとして他国にも良い事であったに違いない。しかし、兵役の義務から解放され、軍事予算の重荷からも解放された日本人が、「自らの反省」から多くの果実-ひょっとすると最大の果実-を得たことも事実である。

「反省」という言葉を使う以上、何をどう反省したか、自他を含めた当事者の間の違いについて考える時間を日本人がもつことは、今後の方向を定める上でも、非常に意味があると思われるのだな。

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