2014年4月6日日曜日

桜開花まであと一月

この二、三日は「寒の戻り」で今また小雪が散らついている。4月は中旬までは時に雪が舞う。小生がこの町にやってきた初めての春もそうだった。霧のような細雨が、毎日降ったり止んだりで、外出をして帰ってくると気づかぬうちにメガネのレンズが濡れていたものだ。そして部屋に戻って窓の外に目を向けると、霧かと思ったのが小雪に変わっていた。

外は寒いが、東京へ両親の墓参に出かけた3月上旬に比べれば、北海道と首都圏に違いはなくなっている。3月初めの北海道はどこも下のような雪景色だった。


ところが墓参の帰り、学生時代に下宿していた王子近辺を散策した日はとても暖かったのだ。


学生時代、王子神社の境内に入った記憶はない。まして遠くにある名主の滝まで歩いて行ったことは一度もない。時々、飛鳥山公園を散歩した位のものだ。

下宿は、滝野川の紅葉寺の隣りの家であった。北区役所で左折して歩いていくと、しかし、家の区画というか、並び方が全然変わっていて、小生が暮らしていた家がどこか全く分からなくなっていた。大家さんの名字も思い出せず、周囲を歩き回ってまた戻るしかなかった。

王子野戦病院に通じる道路も綺麗になっていて、「そこにクリーニング店があったはずだが…」とまるで浦島太郎のようなものだった。

王子神社に何度か参っていれば、おそらく境内の佇まいは昔と変わらないのであろう。すべては変わってしまったが、ここだけは変わらない一角を見つけた思いになれたのにと後悔した次第だ。

いずれにせよ、小生が東京で暮らしたのは30年を超えるが、今よりは確実に生活水準は低かった。その意味で、日本はバブル崩壊後も着実に成長しているのだ。その成長が、実質GDPという数字には表れていないほうが不思議なのである。愚息はいま小生が勤めていた同じ界隈で見習いをやっているが、ずっと豊かな生活を送っているはずだ。その愚息から久しぶりに電話があって、話してみるとノロ・ウイルスに感染したという。夜中に下痢が止まらず、七転八倒したそうだ。「便りのないのは、いい便り」とカミさんとは話していたが、「便りのないのは、出せない証拠」であることもある。とはいえ、ノロは回復もはやく、あとを引くことはなさそうだ。

23日はオバマ大統領が来るから、その辺は日米の国旗が飾られて、厳戒態勢になるぞと話すと、しょっちゅう厳戒態勢になると話していた。それが面白いと感じるのであれば、その間は雑用を押し付けられても十分な耐性があるはずだ。



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