2013年2月27日水曜日

2013年2月下旬―アメリカ経済はどうなのか?

アメリカ経済はどうなのかと問いながら、まずドイツ経済から始めるのは果たしてどうなのか。確かにそうも言えるが、ドイツ経済は大変好調なのだ。

Die deutsche Wirtschaft steht vor einem Aufschwung. Die Stimmung in den Chefetagen hellte sich im Februar bereits den vierten Monat in Folge auf. Der Ifo-Geschäftsklimaindex kletterte um 3,1 auf 107,4 Punkte, teilte das Münchner Ifo-Institut am Freitag mit. Das ist der beste Wert seit zehn Monaten. 
Von Reuters befragte Ökonomen hatten nur ein Plus auf 105,0 Punkte erwartet. „Die deutsche Wirtschaft nimmt Fahrt auf“, sagte Ifo-Präsident Hans-Werner Sinn. Sowohl in der Industrie als auch bei den Dienstleistern, im Großhandel und in der Bauwirtschaft erhielt das Lager der Konjunkturoptimisten Zulauf.
Source: Frankfurter Allgemeine Zeitung, 22.02.2013  
 景気動向指数(IFO Index)は事前の予想を上回り、最近10カ月で最高値を示している。IFO研究所長のHans-Werner Sinnは、『ドイツ経済は加速しつつある』という判断だ。

もちろん、この判断はイタリア総選挙より以前の数値である。日本の株価はイタリア・ショックでメッキが剥がれるように下落しているが、一撃で低下に転じるような株価は、そもそも中身はエンプティであったと評価するべきだ。それにしても共通通貨ユーロを維持し、守ることは、欧州共通の利益になってしかるべきであるのに、現状はどうか?ドイツの実体経済がこのまま上向いていくとすれば、ギリシア、イタリア、フランス、スペインの経済情勢を見るにつけ、本当に通貨ユーロは欧州共通の利益になっているのかと。日本から見ていても、そんな疑問を禁じ得ない。日本の株価は冷水を浴びたかのように急落したが、26日のニューヨーク市場はむしろ上昇している。



Source: Yahoo! US

しかしながら、アメリカのダウは14000ドルの壁を中々超えられずにいるのだな。これをどうみるか?

日本のエコノミストの間では、財政上の制約が意識の底にある、またガソリン価格の上昇が消費者心理を冷やしつつあるというので、アメリカ経済については慎重な、というより弱気な見方が目立つようだ。

ガソリン価格は以下のようで、確かに「騰がってきている」とも言える。


Source: Fred, Federal Bank of St.Louis

しかし、先日も投稿したように、従来のアメリカなら株価が既往ピークを超える段階になれば ― 今回は14000ドルを超える状況になれば ― 石油価格はもっと急騰して史上最高値を更新しているはずである。そう考えれば、むしろアメリカの石油製品価格は落ち着いているのであって、冬場が終われば下落に向かうのではないかとすら予想できる動きである。アメリカの消費者心理が石油価格上昇に伴って悪化しているというデータもないはずだ。

とはいえ、石油価格の高値横ばい、そしてダウ平均株価の高値横ばい。この両者が無関係とも思われない。たとえ「シェールオイル・ガス革命」が進行するにしても、石油がアメリカ経済、ひいては世界経済のカギである点は、まだまだ変わっていないようである。


2013年2月25日月曜日

佐藤優氏のコラムから ― カムナガラの道が復活するか

昨日の<日曜日の話し>ではモラルや精神の話しをした。あんなことを書けば、精神主義者と受け取られかねんなあ、と。後から、そんなことも気になってきたが、よ~く読んでみると、精神一到何事かならざらん、そんな事を言っているわけではなくて、その逆であることはきちんと書いてある。

ところが。

そして、「領土問題にとって、究極的に重要なのは、神話である。古事記、日本書紀に記されている天地開闢(かいびゃく)、建国神話を現代によみがえらせることによって、日本の社会と国家は強化される。近代合理主義の枠組みを超える新しい精神が必要だ」という話をした。受講生たちは、筆者の問題提起を正面から真摯(しんし)に受け止め、活発な議論がなされた。
 日本は危機的な状況にあるが、それを克服することができる若い世代のエリートが育っていることを、産経適塾での講義を通して、筆者は皮膚感覚で感じとった。産経新聞東京本社は、若者を対象に産経志塾を主宰している。筆者は産経志塾の講師をつとめたこともある。
 マスメディアの責務は、報道だけではない。自らの能力を、自己実現や立身出世のためだけでなく、日本の社会や同胞のために生かしていくという人間教育に従事している産経新聞社の姿勢に強い感銘を受けた。(出所)msn産経ニュース、2013/01/07 15:00配信、『佐藤優の地球を斬る』‐日本人としての精神教育が急務
元外務省・佐藤優氏が寄稿しているシリーズから引用した。

日本人の建国神話といえば『古事記』ってことになるのかしらん。となれば、まずはイザナギ、イザナミの命から始まって、まずはアマテラス、そしてスサノオか。その辺までは小生も、ずっと昔、読んだことがある。

まさにカムナガラの道であるなあ、と。

カムナガラとは「神の御心を奉じて」という意味であり、仮に日本がイスラム国家であれば、カムナガラとは言わずに「インシャラー」(=アラーの神の御心のままに)と言うはずだ。

★ ★ ★

神の存在は立証しようがないのでカントは純粋理性による哲学的認識の対象からは除外した。これが近代ロマン派詩人ハイネによって「神をギロチンにかけた」と喩えられた思想である。後年、カントは純粋理性ではなく実践理性をもちだし、人間が善い人間として生を全うしたいという願いを持っている以上、実践理性という働きがあるはずであり、実践理性を認める以上、神や善という概念はすべての人間が生まれながらにして持っている先験的概念であるはずだと議論した。

まあ、色々、複雑で深遠な議論が展開されたのが19世紀の近代ヨーロッパである。産業資本主義が高度に発達する中で、個々の人間がカネと物欲におぼれずに、どう生きていけばよいのか、迷いながらも考えていた。そんな欧州の人々の風景が目に見えるようだ。そんな喧々諤々の論争を仕掛けることもなく「カムナガラの道」を歩いていいのか?これではまるで「バカのすすめ」ではないか、「狂人のすすめ」にもなるか。

確かに精神的支柱は日本人に必要だが、たとえば『新約聖書』をパラパラめくってみるだけで、精神と肉体、善と悪、神と人間が対立されていて、緊迫感ある文章が縦横に展開されているのがわかる。バイブル全体が信仰を是とするのは何故かと言う疑念に対するドラマティックな読み物になっているのだな。

ただ「信じろ」といって「信じないのは国賊だ」という態度では、指導層自ら愚者となり、国民を同程度の愚者にそろえようとする原理主義教育と変わらない。たとえ神なる存在を持ち出す場合であっても、必要なのは<バカバカしい神話>ではなく、知性を反映した対話と窮極的価値をめぐる社会的合意であろう。

2013年2月24日日曜日

日曜日の話し(2/24)

2月後半は、春が近づき日ごとに気分が明るくなる季節である。しかし天候的にはドカ雪に見舞われがちで、旅行などをするには要注意だ。

愚息が数年前にカナダへ行こうと出発したのはいいが、千歳発の飛行機は吹雪で欠航し、そのため成田発の便にも乗れなくなった。空港の大混雑の中で代替便を用意してもらったり、その代替便も欠航したりで、何とか成田までたどりついた時にはヘトヘトだったようである。その愚息は、先日、紋別まで流氷をみに行ったようだが、帰途、降雪が激しくなり、前が見えなくなり、同行した車は雪に突っ込んで動けなくなった由。まあ、一年のうちでも今頃は、最も危険な季節である。あとは明日の前期日程大学入試が無事に終わるかだ。予報ではJRも停まるのではないかといわれている。遅刻する受験生が続出すれば、ずっと前にもあったが、大混乱になる。

とにかく浮き世で<約束>とか、<予定>とか言ってみても、始まらないものは始まらないのだ。これが生きていく上での原理・原則であろう。何も無責任なわけではない。当たり前の事実を言っているだけだ。いまの制度や規範にこだわる態度、理想がそのまま現実世界で実現できると思い込む独善、実際上の意味は希薄化しているにもかかわらず歴史的経緯や意義に執着する惑溺。これらは健全な知性の衰退に他ならない。社会的混乱の根本的な原因は人間の側の堕落にあるのが常である。

堕落しなければ全てはうまく行くというモラリストでは、小生はないが、精神的堕落が社会を駄目にするという命題は、その通りだと思っているのだ、な。その堕落とは、理性の傲慢、自然からの遊離、まあずばり言えば<我執・独断・偏見>からもたらされるものであり、従ってオドオドと怯えながらの堕落はあまりなく、堕落した精神はほぼ常に自信に満ちており、堂々としているものだ。だからこそ、こわいのだな……。

ラファエロは盛期ルネサンスを象徴する、その意味でラファエロの絵画作品は<古典>の典型である。そのラファエロの傑作である『大公の聖母(Madonna dell Granduca )』が、この3月2日、国立西洋美術館にやってくる(〜6月2日まで)。


ラファエロ、大公の聖母、1505年
出所:WebMuseum

確かにラファエロの絵画は時代と民族を超えて美しく<規範>という言葉に恥じない。だから、芸術家たる者、ラファエロを永遠の模範として絵画制作にたずさわるべしと言うなら、それは何が大事であるかを取り違えた退廃であろう。ラファエロの前にラファエロはいなかった。彼は亜流ではなく、創造的破壊を果たした創造者である。大事なのはラファエロの魂であって、彼が遺した絵画作品というモノではない。

いつの時代にも大事なのは、変化する現実の中で生を全うする創造的精神、フロンティア精神、破壊をおそれぬ生きようとする意志であろう。原発はダメで、自然エネルギーは善なのだと。自然エネルギーの拡大に意義を認めることは言うまでもないが、真理はここにのみあると言うなら、それは目的と手段を混同している。技術は常に乗り越えられるものだ。旧来の原発は乗り越えられなければならないし、太陽光や地熱発電もまた乗り越えられるべき技術にやがてなる。

変化する自然という現実の中で生き抜くことが、私たちの社会の唯一の目的であり、その他のどんな高邁な理念もそのためのツールに過ぎない。目的に都合のよいように活用するのがツールである。





2013年2月23日土曜日

政治家の価値は当選ではなく結果だな、やはり

どうやら安倍総理の願望に沿って事態は進んでいるらしい。
【ワシントン=阿比留瑠比】訪米中の安倍晋三首相は22日午後(日本時間23日午前)、日米首脳会談後の記者会見で、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)について「聖域なき関税撤廃が前提でないことが明確になった」と述べた。
 そのうえでTPP参加について自民、公明両党に説明し政府に一任を取り付けた上で「なるべく早い時期に判断したい」と語った。(出所:msn産経ニュース、2013.2.23 07:40)
公約に明示した参加要件には抵触しないことになったので、首相の持論である<TPP参加>をいつ明言するかに焦点はうつる。

昨年のいくつかの投稿では、たまたま選挙当日により多くの票を得ただけの、まあ抽選に当たったのと大差のない国会議員集団が、どれほどのことを為せるのか、甚だ疑問である、と。そんなことを何度も書いては覚え書きにしておいた。

政権獲得は当選者が多数であることで実現する。しかし当選そのものにはほとんど価値はないのである。玉と石が、近い場所にうずたかく積もってしまった、ロジカルには秋の落ち葉の山がどこにできるかという話しと大差はない。

ぬれ落ち葉集団は、政治家としての仕事をして、結果を出して、その結果が日本国全体の利益、経済指標としてはGDPの拡大に寄与することができて、平均株価の上昇トレンドをもたらすことができて、はじめて落ち葉から<政治家>に呼称が変わるのである。国民全体の幸福を増すことができるのか?そんな窮極的目標は最低限の目安を達成したあとのことである。このことを痛感するねえ……、過ぎし民主党政権下の3年間を思うと。既に鳩山元首相は、「最低でも普天間基地の県外移設」を口にしたことを謝罪したようである。

<政権交代>そのものには何の価値もなかった。社会科学上、確認しておくべき事実だと思う。まあ、歴史的データとしては活用するべきだろうが。

2013年2月21日木曜日

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2013年2月19日火曜日

成長戦略二本立てはTPP参加への布石であったか

日本再生に向けた<三本の矢>の三本目である成長戦略が、二本立ての組織で検討されるのが不審であったが、産業競争力会議に関する今日の報道をみると、「なるほど、こういう仕掛けで農業票をゲットするのか」と(今更ながら)了解したのである。
政府は18日、産業競争力会議(議長・安倍晋三首相)を首相官邸で開き、農業強化策の検討に入った。首相は「農業を成長分野と位置づけて産業として伸ばしたい」と強調。林芳正農相は農産物輸出の倍増や農地のフル活用を目指す方針を表明した。環太平洋経済連携協定(TPP)交渉への参加表明をにらんだ環境整備で、6月をめどにまとめる政府の成長戦略に盛り込む。
(出所)日本経済新聞、2013年2月18日 23:15配信
農業の国際競争力向上に向けて規制緩和、投資促進が約束されたようなものである。農業対策は報道記事に掲載されている「政策案のポイント」の筆頭を占めている。

この方針で成長戦略が推進されるとなると、地方、農村地域に投下されるマネーは巨額なものとなろう。ロジックからいえば、地方・農村地域の金回りは良くなるわけであり、話しをつぶす誘因はなくなるはずだ。
林農相は(1)農産物の輸出拡大(2)農商工連携の強化(3)農地の有効活用――の3本柱で農業の競争力を高めると説明した。4500億円にとどまる農林水産物の輸出額を2020年に1兆円に倍増させるため、2月に発足した農業強化の官民ファンドなども活用して産業間の連携を強める。(出所:同じ)
資本集約度の上昇が労働生産性を高めることは当然の理屈だが、しかし、それには生産組織の改編が不可欠だ。
東大大学院の本間正義教授は「減反の見直しや農協改革などといった課題に切り込む必要がある」と指摘するが、首相が議論の舞台に規制改革会議でなく、競争力会議を選んだのは、TPP反対派や農業団体を刺激しないためだ。(出所:同じ)
TPP交渉参加が日本の将来を切り開く上で避けられない一歩であるのは確かであると思う。そのための仕掛けとして、成長戦略二本立てを選んだのは、『そうであったか』と思った次第なのであるが、もしそうなのなら、やはり農業成長戦略と併せて、<地方経済再生計画>なるものが最終的には必要になるのじゃないか。それで既得権益層との調整がつくのではないか。

まあ、(TPPに限っていえば)やっと方向が見えてきた。そう思うのだな。

2013年2月17日日曜日

日曜日の話し(2/17)

昨秋、カミさんの実兄が亡くなる前後、カミさんは田舎の実家近くにあるレオパレスに部屋を借り、そこから毎日見舞いに通っていたのだが、にわか独身生活を余儀なくされた小生は、大学に車を走らせる道すがら、幾度も虹をみた。いま暮らしている海辺の町は、とくに季節の変わり目には驟雨に襲われがちで、それが忽ちのうちに止んで晴れ上がる空には虹が出やすいのだ。それは分かっているが、あれほど何度もみたのはその時期だけであるのが不思議だ。何かの知らせというか、暗示なのかなあ・・・そう思ったものである。

虹と人類との付き合いは非常に古い。バイブルにはこうある。
And God spake unto Noah, and to his sons with him, saying, And I, behold, I establish my covenant with you, and with your seed after you; And with every living creature that is with you, of the fowl, of the cattle, and of every beast of the earth with you; from all that go out of the ark, to every beast of the earth.
And I will establish my covenant with you, neither shall all flesh be cut off any more by the waters of a flood; neither shall there any more be a flood to destroy the earth. 
And God said, This is the token of the covenant which I make between me and you and every living creature that is with you, for perpetual generations: I do set my bow in the cloud, and it shall be for a token of a covenant between me and the earth. (Source: Genesis, 9: 8-13)
ノアの大洪水のあと、水がひいて、箱舟から全ての種の動物が出ようとするとき、神が人類と生物たちと交わす契約のしるしとして、空にかかる虹が語られている。

いやあ、誠に壮大な物語であります。

ただ東洋では、虹は竜の化身だと思われていたようであり、瑞兆か凶兆か決まってはおらず、いずれの場合もありうるとされていた。


水彩、F4

ターナーやコンスタブルのように迫力が出ないのは仕方がない。とにかく虹というのは描きにくい。これは確かだ。

ただこうしてみると、虹を描きたかった、その背景として義兄が他界する前後に何度も見た雨上がりの空がある、虹がある、それがどうにも忘れられない。日常はバタバタしていたが、心に残像のように後をひいたそんな思いが絵筆をとらせたのは否めないようだ。「あれを描いておきたい」、そんな気持ちだな。

ちなみにノアの洪水は大地震による巨大津波であるとも、地中海に隕石が落下したための大洪水であるとも想像されているようであり、ノアの洪水自体は事実だろうと憶測されているらしい。また、鎌倉の大仏には大仏殿がなく露座仏になっているのは、明応7年の大地震(ユリウス暦1498年9月11日)で鎌倉周辺全域が大津波に襲われ、大仏殿もその時に倒壊したことが理由だという ― 本当なのかどうか、小生自身、確認したわけではないが。

そろそろ春彼岸が近づいている。いまカミさんは電話で義姉(とはいってもカミさんより年下だが)と話していて、いつ帰ろうかという相談をしている ― 帰るカネは小生のカネなんだがなあ……、いやいや、つまらないことを言うのはやめよう。

2013年2月16日土曜日

カネより名誉という国民性・・・昔から分かっていたのか

日本人は、損得勘定をホンネでは嫌がり、名誉をほしがるものであるというのは、いま5千円札になっている新渡戸稲造も気がついていたようだ。

というのは、今日は一通り最大の難物科目の成績作業が一段落したので、なにげに手元のiPadから青空文庫をパラパラと読んでいたのだ。新渡戸稲造は教育関係の小品をいくつか著している。まあ、役人でもあったが大学教授としても仕事をした人だから、独自の教育論があってもおかしくない。

新渡戸が書いた『教育の目的』にはこんな下りがある。
一体子供はほめられる方へ行きたい者である。 小さい奴は銭勘定で動くものでない。日本人は賞められるのを最も重く思うことは、日本古来の書物を読んでも分る。日本人と西洋人との区別はその点に在るので、日本人は悪くいえばオダテの利く人間である、良くいえば非常に名誉心の強い人間である。 
譬えば日本の子供に対しては、このコップを見せて、「お前がこのコップをもてあそんではならぬ、もしあやまって壊したら、人に笑われるぞ」というのであるが、西洋の子供に対してはそうでない。七、八歳あるいは十歳くらいの子供に対して、「このコップは一個二十銭だ、もしもお前がこのコップを弄んで壊したら、二十銭を償わねばならぬ、損だぞ」というと、その子供はそうかなと思って手を触れない。日本の子供には損得の問題をいっても、中々頭にはいるものでない。ことにお武士さんの血統を引いている人たちはそうだ。「損だぞ。」「そんならやってしまえ」といって、ポーンとこわしてしまう。それで日本人の子供に向って、「このコップは他人から委ねられた品物だ、一旦他人から保管を頼まれたコップを壊すというのは、実に恥かしい次第だ、大切にしておけ」とこういうのもよいが、それよりは「お前がそんな事をすると、あのおじさんに笑われるぞ」というと直ぐにやめてしまう。 
人に笑われるほど恐ろしいものはないというのが、今日のところでは日本人の一つの天性だ。日本では名誉心――栄誉心が一番に尊い。
「おやっ、お前、いま笑ったな?」という台詞は、喧嘩を吹っ掛けるときの常套文句として、今なお通用している。

嗤われるというのは『おい、なめるなよ』という意味合いであり、言い換えれば<メンツ>の問題なのだ、な。 メンツと言えば、紛争になっている ― 公式には紛争にはなっていないわけであり、それを紛争と書けば、これ自体が戦前期日本政府であれば摘発対象になるのであろうが ― 尖閣諸島も、日本と中国のメンツの問題になっていると解釈してよいだろう。

ずいぶん古くなったが、昨年の夏、英誌The Economistが次のように論評していた。
That, thank goodness, is grotesque hyperbole: the government in Beijing is belatedly trying to play down the dispute, aware of the economic interests in keeping the peace. Which all sounds very rational, until you consider history—especially the parallel between China’s rise and that of imperial Germany over a century ago. Back then nobody in Europe had an economic interest in conflict; but Germany felt that the world was too slow to accommodate its growing power, and crude, irrational passions like nationalism took hold. China is re-emerging after what it sees as 150 years of humiliation, surrounded by anxious neighbours, many of them allied to America. In that context, disputes about clumps of rock could become as significant as the assassination of an archduke.……The islands matter, therefore, less because of fishing, oil or gas than as counters in the high-stakes game for Asia’s future. Every incident, however small, risks setting a precedent. Japan, Vietnam and the Philippines fear that if they make concessions, China will sense weakness and prepare the next demand. China fears that if it fails to press its case, America and others will conclude that they are free to scheme against it. 
Source:  The Economist, Sep 22nd, 2012
第一次世界大戦の直接のきっかけは、サラエボ事件、つまりオーストリア皇太子フェルディナンドが セルビアの一青年によって暗殺されたことだった。とまあ、こう言ってしまうと、『いくら王族であれ、一人殺されたからといって、国の命運をかけた戦争をはじめるかい!?』と。これが理性ある、常識的な判断だろうが、おこちゃったんだよね、戦争が。そして欧州という大きな世界が、戦後に崩壊したわけである。The Economistは、この偶発的なサラエボ事件と、経済的には取るに足りぬ小島「尖閣諸島」を並べて議論しているわけだ。

上の引用にある下り、"The islands matte less because of fishing, oil or gas than as counters in the high-stakes game for Asia’s future." というのは、石油でもガスでも漁業でもなく、ここで引いちゃあ未来がない、メンツがかかっているんだ、と。まさにそういうことを言おうとしている。イギリスから見ていても、損得で争っているのじゃないのは、よく分かるようだ。

しかし、最後は、損得計算の土俵でそろばんをはじくしかないだろう。The Economistは、こう結んでいる。中国が脅威とならないことを、中国に対して望む立場だな。
What better way for China to show that it is sincere about its peaceful rise than to take the lead?
確かに、対等な国家間の平和的秩序の構築が、物事の本質なのであるが、ヨーロッパ的な国家間秩序と伝統的な<中華秩序>とは、どこか核心的部分で思想的な違いがあるのではなかろうか?中国が理想とする秩序と、ウェストファリア条約以降の西洋世界が実現しようとしている秩序は、違うのじゃないか?中国は西洋的秩序を理解するポジションに立とうとは考えていないのじゃあないか?

ま、別に中国異質論にまでここで踏み込むつもりはない ― 踏み込むなら、日本だって相当異質であると思うし ― それはないのだが、上で言ったそんな疑いも否定できない今日この頃なのだ、な。であるなら、利益うんぬんというよりも、メンツが立つかどうかを考えるということか。いや、メンツも利益もともに、ということだろう。

2013年2月14日木曜日

坊主憎けりゃ、袈裟まで憎い − こんな風で行政は大丈夫か?

こんな報道がある。
 埼玉県は13日発表した平成25年度当初予算案に、埼玉朝鮮初中級学校(さいたま市大宮区)への補助金を計上しなかった。上田清司知事は「日本人拉致事件が一向に解決に向けて進展せず、核実験やミサイル発射など、もう我慢できないという県民感情もある」と理由を説明した。(出所:MSN産経ニュース、2013.2.13 16:49配信)
感情はわかるが、児童たちに責任はない。関係があるのだから、連座して罰を受けよというのであれば、そもそも太平洋戦争敗戦後に日本国の天皇制は終焉を迎えていたはずである。上記の朝鮮初中級学校に通学している生徒は、北朝鮮が実施した核実験とは一層確実に責任はない。埼玉県知事はこの措置と発言を撤回するべきであろう。

少し前には、公立学校教員の退職金削減が駆け込み退職をまねいたことに対して、埼玉県知事は『残り2カ月で学級担任が辞めるのは不快な思い。無責任のそしりを受けてもやむを得ない』と発言したと報道されている。

自らの行政措置上の至らなさがもたらした結果に対して、現場の人間にのみ倫理と服従を求める態度は、<優秀な現場と無能なトップ>という世界共通の日本人像を地でいくようではないか、そう思う人は多いかもしれぬ。

埼玉県は大丈夫なのか?

やれやれ、本日は労組風の文章になってしまった。あまりと言えばあまりなので覚え書きまでに記したのだが、左翼風の言説だと受け取られると、それは本意ではない。

2013年2月12日火曜日

疑問 ― 北朝鮮核実験の目的は?

本日午後、北朝鮮は三回目の核実験を実施したとの報道。
【ソウル時事】北朝鮮は12日、朝鮮中央通信を通じ、「北部の地下核実験場で第3回地下核実験を成功裏に行った」と発表した。「以前と違い、爆発力が大きいながらも、小型化、軽量化された原子爆弾を使って高い水準で完璧に進行された。多様化されたわれわれの核抑止力の優秀な性能が物理的に誇示された」と表明。事実なら、ミサイルに搭載できる核弾頭化に近づいたことを意味し、国際社会にとって大きな脅威となる。・・・
(出所)時事通信、2月12日(火)14時48分配信
 ここで多くの人が抱いている共通の疑問。なぜ北朝鮮は核実験を行うことに意義があると考えるのか?

<1>

核実験成功のあとには核弾頭ミサイル開発が進められ、仮に北朝鮮が安定した性能の長距離核弾頭ミサイルを保有するとする。この場合、核弾頭ミサイル保有が北朝鮮の利益になるのか?

ありうべき攻撃に対して十分な報復能力を持っておくことは、相手による攻撃を確かに抑止する。では、北朝鮮を攻撃する誘因をもつ国がいま存在しているか?

一国もないのではないか。攻撃し、その地域を支配する誘因をもつには、その地域に人的、物的あるいは有望な自然資源がなければならず、その資源を自国の利益のために活用できる見通しがあって初めて先制攻撃する動機をもつ。北朝鮮にそんな資源があるとして、その資源を利用したいのであれば、軍事的に攻撃するよりは、北朝鮮は食糧、エネルギーなど国民生活を支える生産力が不十分なのだから、経済援助、貿易政策を通して利益を追求する方が低コストである。

<2>

北朝鮮が他国を攻撃する目的で核兵器を保有する意志をもっているのか?

実際には核兵器を使えるわけではない。しかし、<まさか使うことはあるまいが>と思わせる大量破壊兵器を保有していて、その国の政治体制、意思決定システムに不安定性が認められるとき、その大量破壊兵器が偶発的に使われるのではないかと懸念される、その懸念こそが既に他国にとっては<脅威>である。その分、北朝鮮は他国に対して交渉上の地位を強化できるだろう。とはいえ、合理的に考えれば、「使えない兵器」であることに違いはなく、危険の存在がどの程度まで、北朝鮮の外交交渉上の地位を強化するのか、定量的評価は難しいと思う。

<3>

他国による侵略を抑止する手段としても、そんな侵略を考えている他国は実はなく、逆に他国に脅威を与えるための手段としても、本当に北朝鮮の交渉上の優位を形成できるのかどうか、明らかではない。

意味がないことをやっているように見えるのだな、北朝鮮は。

他国に対して軍事的脅威を与えるアグレッシブな姿勢を貫き、それが他国によるタフな反応を誘発し、それが自国にはマイナスとなる。そんな場合には、攻撃を控えめにして他国にはソフト・コミットメントをとる。ビジネススクールでは、こんな<子犬戦略>を推奨するはずである。が、実際に北朝鮮が選んでいるのは<狂犬(Mad-Dog)戦略>である。

合理的な根拠から、狂犬戦略が選ばれることはない。

<4> 

確実であるのは、核開発を進めるための巨額の資金を投入しているということだ。

その巨額の資金を農業開発、産業開発に投入していれば、食糧支援、エネルギー支援を続ける中国政府に対しても、現在のようにヴァルネラブル(Vulnerable)な状態に陥ることはなかったかもしれないのだ。いやいや・・・何をしても、中国は北朝鮮を支援する政策を変更することはないだろう。それは北朝鮮もわかっている。とすれば、自国で農業開発をするよりも中国の農家に必要な食料を生産させておくほうが北朝鮮には得である。北朝鮮が得をすることによって、その利益を失いたくないと、そう北朝鮮が考える、そのこと自体が中国には利益となる理屈だ。少なくとも、北朝鮮のミサイルが中国に飛んでくるはずはなく、飛ぶとすれば中国の外である。とすれば ― 全ての非共産主義国は中国の敵であるとすれば ― これまた中国の利益であろう。これも確かにロジックだ。

もしもそうなのなら、こういう関係を<中朝腐れ縁>というのだろうなあ、と思う。どうも共産主義政権の思考回路という奴は、50年は遅れている。何年前の時計をみているのか、そんな黴臭さはそこから漂ってくる。

2013年2月10日日曜日

日曜日の話し(2/10)

旭川で司法修習を受けている愚息が、昨日は眼科を定期的に受診する日だというので、宅で昼飯を食べて帰っていった。きくと晩には某法律事務所で面接があると言っていたので、そこにうかると初めて内定をもらうわけであり、少なくとも食っていくことはできる見込みが立つ。

小生: やれやれ、そうであれば本当に安堵するねえ・・・
カミさん: こんなに成りにくいんだね、法曹って。医者は医学部に合格すると、あとは自然になれるって感じだよ。国家試験だって在学中に受けれるし、研修医も月給を借りるんじゃなくって、きちんと働いた分だけくれるしネ。
小生: だけどさ、あいつをみていると、昔な、お袋がおれに演じてほしかった役回りの作品を、もう一度見ているような気持ちがするなあ。同じ作品かなって思ってると、ちょっと筋が違っている。そんな感じなんだよね。
カミさん: それってお祖父さんのように裁判所に行くのは難しそうってこと?そこまでいい成績じゃないんだから仕方ないよ。
小生: まあね。おれの人生でもないし。ましてあいつはお祖父さんもお袋も触れ合ったわけじゃないし、頭の中で知ってるだけさ。個人的にはサ、俺一人だけの気持ちをいうと、そりゃあ嬉しいんだけどさ、何も文句はないんだけどさ、お袋はお祖父さんのようになってほしいって、やっぱりそう思ってるんだろうなあって。ガッカリするってことはないんだろうけど・・・、そりゃ嬉しいんだろうけど。これはもうしようがないよね。二人とももういないんだしさ。
カミさん: いいんじゃないの?そんな、ずうっ~と昔のことを持ち出したって意味ないよ。

☆ ☆ ☆

母親を喜ばせてやりたいというのは、まったく息子の本能、というより抗いがたい煩悩なんだろう。始末に追えないものである。
海の遠くに島が……、雨に椿の花が堕ちた。鳥籠に春が、春が鳥のいない鳥籠に。 
    約束はみんな壊れたね。 
    海には雲が、ね、雲には地球が、映っているね。 
    空には階段があるね。 
今日記憶の旗が落ちて、大きな川のように、私は人と訣れよう。床に私の足跡が、足跡に微かな塵が……、ああ哀れな私よ。 
(三好達治、『測量船』、"Enfance finie"より)
フジTV系のドラマ『ビブリア古書堂の事件手帖』では宮澤賢治の『春と修羅』が登場したが、小生にとって自分の身の一部とでも言えそうな詩人は三好達治だったのだろう。上の作品は、その三好達治のデビュー作である『測量船』の終わり近くにある詩である。手元にある岩波文庫の奥付をみると、昭和48年第4刷発行とある。鞄の中にも入れておき、学生食堂で手持無沙汰のときなど、とりだして気に入った詩を読み返していたことを、今でもありありと思い出す。

われながく憂ひに栖みて
はやく身は老いんとすらん 
ふたつなきいのちをかくて
愚かにもうしなひつるよ 
秋の日の高きにたちて
こしかたをおもへばかなし 
すぎし日の憂ひならねば
あまからぬこの歎きかな 
(三好達治『艸千里拾遺』、"秋日口占"より)
若い時分には読んでもピンとこない作品があるのは仕方がないことだ。もう20年くらい生きないと絶対に分からないことはある。そこでまだ分からないことを分かるためには、もう20年生きてみないといけないのだな。

藍ふかき海のはるかに
真白なる鷗どりはも 
一羽いてなに思ふらん
波の穂にうかびただよふ 
願はくばわが老いらくの
日もかかれ、世の外にして
 ★ ★ ★

注文していた画集"AUGUST MACKE"(Dumont)が届いた。マッケは若くして第一次大戦に散った青春の画家、色彩の魔術師である。



A Woman With Red Jacket And Child Before The Hat Store

上の作品の掲示サイトには制作年が記載されていないが、この帽子屋をマッケはよほど気に入ったのか、何枚も描いている。妻エリーザベットと暮らしたヒルターフィンゲン(Hilterfingen)の街の風景である。パウル・クレーとチュニス旅行に行ってから、画風にはまた変化が生じるが、この時代の作品はマッケが一番彼らしくあった時の作品だと言えると思う。

ただ届いた画集をみて思ったのは、マッケの静物画はこれまた非常に魅力的であることだ。上のサイトは、"The Compete Works"とはいうものの、画集には掲載されている"Walterchens Spielsachen"(1912年)が含まれていない ― Walterchenとは1910年4月に誕生したマッケの長男Walterのことであり、タイトルは「ワルター坊やのおもちゃたち」という意味合いだ。この作品がないのだな、上のサイトに。"Complete"じゃないじゃないか、そう思っても、小生が運営しているわけではないので、文句を言っても始まらぬ。近々模写するつもりだ。


2013年2月9日土曜日

日銀総裁の心理 − 経済分析で実証するのは難しすぎる


こういう議論をするとすれば、それは政策技術に関する話しになるわけで、専門家にとっては最も得意の領域である。
WSJ:日銀は具体的にどのような政策を取るか、あるいは取るべきか。 
ポーゼン氏:いくつかあると思う。まずは新しい総裁、副総裁の下で開かれる4月の政策決定会合だ。最も重要なのは、長期国債だ。量的緩和のために日銀が購入している国債の残存期間は3年よりもはるかに短い。これでは現金を買っているのと実質的に同じだ。経済学や中央銀行の政策についてのわれわれの知識からすれば、現金を買っても経済への影響はほとんどない。反対に、長期国債など現金から遠いものを購入すればそれだけ経済に大きな影響を与えることができる。これが米国、英国の中央銀行、そして程度の差こそあれ欧州中央銀行が行っている施策だ。日銀は残存期間の長い国債を大量に買うところから始めると思う。
(出所)Wall Street Journal Japan, 2013年 2月 08日 19:48 JST 
償還期間が3年未満の債券を買い取るか、7年超の債券を買い取るかで、日本国内の民間金融機関ひいては企業の行動パターンが異なるのか、変わらないのか?

長めの債券を高めの価格で市中から買い取るなどという金融政策はやったことがないのだから確証的なことは言えないわけだな。確証的なことは言えないところを、『長期金利を断固として下げれば、それで効果が出ないはずはないだろう…」と考えて、<敢然と>やる。まあ、ここの点を云っているのであろう。必ず住宅ローン金利に波及する。住宅ローン金利をグンと下げれば、そりゃあ効くでしょう。変動金利ローンの場合、返済中の適用金利が下がって、小生など年収が数十万円アップするのと同じことになる。それがずっと続くとなれば、消費行動に現れないはずはない…。とはいえ、<憶測>であって、<実証的根拠>があるわけではない。そうするならそうするで、ま、職と名誉と自分の人生を賭けて、深く踏み込む<度胸>が不可欠になる。

政策というのは、データに基づいて実行するのであって、<敢然>と<断固>として行うものではないし、それは寧ろ不適切である。随分、昔であるが、小生もそんな議論をしたことがある。その議論は、当時はとても合理的であり、絶対的な真理だと思っていたが、政策とは政治の現実そのものである。政治の現実とは権力の行使だ。確かめられたことだけを実行するという姿勢では、問題を解決できない、究極的にはこう言えるのだろうなあ、と。考えることは年齢によって変わるものである。

だから、次のやりとりになるのだろう。
WSJ:あなたは日銀の政策を変えるために非常に重要なのは「ふさわしい人物」を選ぶことだと言っている。だれがいいと思うか。誰が日銀総裁にふさわしいか。あるいは誰になると思うか。 
ポーゼン氏:多くの人が3人の名前を挙げている。わたしは名前を挙げないが、この3人は前向きな動きを作り出せると思う。3人とも日銀総裁にふさわしい経歴を持ち、経済学の知識を持っている。重要なのは、金融政策ができることについて敗北主義に陥らずに現実的になることと、そして、抽象的な原則を振り回したり、しぶしぶ経済指標に対応したりするのではなく、少しプラグマティックになることだ。
(出所)上と同じ 
 <敗北主義>という用語は、小生が学生の時分からよく使われていた言葉だ。小生は、甘く育ったのか、”チャンボツ”であったのか分からないが、どんなことが敗北主義に該当するのか、よく理解できず、理解できないままに、意味も分からず、気に入らない時に「それは敗北主義だろう」と台詞として言うだけはしていたものだ。

そもそも当局の責任者の心理状態など、マクロ経済分析において系統的要因としてリストアップされることなどないはずだ。それと、日銀の意思決定は政策決定会合で決まるもので、総裁が独裁するものではない。だから、日銀総裁のキャラクターまでを取りざたする上の指摘は、分析対象になることもない「下らない議論」のはずなのだが、ポーゼン氏の指摘は、小生にも奇妙なほどピンと来てしまう。

2013年2月7日木曜日

単純なロジック ― 福島第一原発事故は全原発停止の理由になるのか?

<1>

東電・福島第一原発で事故調査委員会による調査忌避とも受け取られかねない行為をしていたことが表面化してまたまた一騒ぎしそうである。

小生、どうにも理解できないというか、理解できないというのは論理が通らないことでもあるわけだが、一点ある。

東日本大震災と巨大津波によって福島第一原発は大事故を起こした。だから全国の原発の安全性が確認されるまでは、再稼働を認めない。
要するに、いま議論しているのはこういうことだろう。

しかし、これが安全確保のロジックならば、現に東電・福島第二と東北電力・女川原発は、東日本大震災の中で、細かな障害はあったようだが、設計通りに安全に停止している。故に、同規模の大地震に対して安全であることは、経験的に実証されている。

だとすれば、大震災で事故を起こさず、安全であった福島第二、宮城女川原発から先に再稼働を認めていくのが、ロジックというものではないか?

<2>

もちろん上のように議論すると、本当は科学的ではないのである。

いま規制当局がとりくんでいるのは、2011年の東日本大地震をもたらした震源とは別に<ありうる震源>で<同規模の大地震>が、再びあるいは再三、発生する場合に、<重大事故を起こしうる原発>が国内にあるのか、ないのか?この問題に明らかに答えることであろうと推測される。そのためにこそ全国の原発施設付近を通っている活断層の洗い出し作業が意味を持つのだと思われる。もちろん「活断層」だけを調べているわけではない・・・

しかし、データの解釈に完全というのはあり得ない以上、規制当局が<全ての>活断層を確定できたと言っても、活断層は<それ以外に一つもない>とは言えないと思う。やはり想定外の大地震が発生しうる確率は、コンマ以下の小さな確率であるにしても、ゼロではないだろう。

<3>

同じ震災において、福島第二、女川原発と福島第一原発とで帰結が異なった原因は何か?

「起こった事故」を調査することも大事だが、同じ天災の中で事故を起こさなかった類似施設が現にある。「起きなかった事故」を調査することも大事だろう。これもまた非常に重要な情報である。失敗と成功の複数ケースが同時に与えられることは稀であろう。そんな議論は、小生の寡聞のせいでもあると思うが、あまり拝聴したことがない。

ま、ここに書くくらいの論点は、当然、調べ尽くしているよね。ひとまず規制当局の行政能力を信頼しておくか・・・。

2013年2月5日火曜日

アメリカの株高をどうみる ― New Economy, again か?

前の投稿では、S市内のお洒落なカフェで同僚と会話した内容が書かれている。

もちろん、あんな話ばかりではなかったのだ、な。そういえばアメリカのニューエコノミーも話題になった。"ニューエコノミー"と言うと、1990年代によく使われた用語で、大胆に割り切ってしまうと<IT技術革新>と<中国の台頭>がリードした経済と言ってもいい。

小生: そのニューエコノミーは、やはり一巡しましたし、特に中国はこれからどうなるか分かりません。米民主党系のシンクタンクであるブルッキングスでは、中国で暴動が継続的に発生し、その暴動が革命に発展すると認識するとしたらどうする、オバマ政権はこの対応方針を検討しておく必要がある。そんなレポートすら出てきているようです。

それでネ、最近の経済指標を見ているんですけど・・・、ひょっとしたら第二のニューエコノミーじゃないかと、そう思っているんですよ。まずこのグラフ。株価ですけどね、


S&P株価指数が1600に近づくと、ほぼ常に石油価格が暴騰して、アメリカの景気はピークアウトしてきたんです、これまでは。ずっとその水準を抜けないできたんですね。それで今回、株価はリーマン危機直前のレベルに並ぶところまできている。

ところが、石油価格はあがってないんです。アメリカのセントルイス連銀が運営しているデータベース"FRED"でみんなとったんですが、


年が明けて1月はちょっと上がりましたが、足元では石油価格は弱い動きが続いてきました。これまでのパターンでは、生産が上がると、石油価格が上がり、それが家計の心理を冷やして、消費が頭打ちになる。そんな繰り返しだったんですね。それがない。消費者心理は、実際、改善されています。

同僚: これはシェールオイルとか、シェールガス革命なんでしょうかね?

小生: ご明察。エネルギー制約が緩和されて、アメリカ経済の天井が高くなったと言えるんじゃないでしょうか?住宅価格ももう底打ちしていると判断していい状況になっています。


同僚: 住宅建設はどうなっているんですか?

小生: 昨年の夏場から急増しています。アメリカの住宅着工は長期平均で概ね150~160万戸なんですね。それが50万戸くらいにまで激減していたのですが、今は90万戸程度にまで回復しています。今年のうちに120万戸まで回復していくのじゃないでしょうかね?消費者マインドを悪化させる要因は、かなり減っているように感じます。株価はもっと騰がる余地があると思います。

同僚: バブルになるんじゃないですか?

小生: 利益拡大の裏付けがあるならバブルとは言えません。ただシェールガスを輸出するべきかどうかで、アメリカ国内で論争はあるようですね。輸出すると、ドル高になるでしょうが、それはアメリカの製造業にはマイナスですから、『疑似オランダ病』に罹るかもしれません。でも、米国内石油・ガス資源にアクセスできるのは、アメリカ製造業にもプラスです。

同僚: シェールガスを採掘すると、土壌が悪化して取り返しがつかなくなるという副作用もあるんですけど、アメリカって国はこういうときは行きますよねえ、どんどん。

小生: 相当高度の採掘技術を必要とするらしいですね。経験もいる。R&Dで勝負できるのもアメリカに有利で中国には不利です。これからの10年は、過ぎた10年とは様変わりの様相で、それでもイノベーションの継続が決着をつける。そんな<ニューエコノミー>が展開されそうです。株価上昇とバブル発生の区別がつかない時代がまた来るような気がします。

× × ×

いやはや、こんな覚え書きに書いてみると、超強気の将来予測であるなあ、と。できうれば、この半分程度は実現してほしいものである。

3月3日に東京で某学会の春季集会が開催されるので出張手続きをしておいた。部屋に戻って、保険会社に電話をして、死亡保険1本と医療保険1本、それ以外の保険契約は全て解約したいと伝えた。もうそろそろ生命保険も卒業である。しばらくして、担当生保レディから小生の携帯に電話がかかってきて、昨年末から腰痛とひざ痛で、整体師に通院しており、ずっと会社を休んでいるという。書類のやりとりだけで解約手続きはできるから、自分が進めましょうと、わざわざ連絡をしてきてくれた。体が痛いのは、ほんと、大変だ。昔は、小生の下級生で、それは可愛らしい女子だったのだろうが、年齢というのは残酷なものである。








2013年2月3日日曜日

日曜日の話し(2/3)

節分である。昨日の卒業発表会で今年度の担当授業は一段落した。これから成績評価作業が延々と続くが、ホッとする安堵感があるのは確かだ。

発表会場階下にあるK書店にお洒落なカフェがあり、昼休みにはそこでサンドイッチ+カフェオレを摂るのを習慣にしている。今年度は2週続けて珍しく同僚と一緒にランチをとった。

小生: ぼくは、国家直営の保険とか、医療とか、年金とか、国が国民の人生を保障するとか、そういう理念はもう放棄するほうがいいと思うんですよ。
同僚: じゃあ、非正規で雇い止めになって生活できなくなった人はどうすればいいんですか?
小生: そりゃあ、悲惨な状況です。では聞きたいのですが、その人が何の貯金もなく、相談する人も作っておらず、そもそも食っていくための何の技も身につけることができなかったのは、その人の責任なのでしょうか?それとも日本人全体が負うべき責任なのでしょうか?
同僚: それはその人の責任です。置かれている環境に応じて、必要なら10代半ばで職業について、手に技をつけようとすれば、日本でもそういう努力はできるわけですから。
小生: 国が保障しますと明言するから、じゃあ国が面倒をみてくださいとなるわけですよ。そんな理念は、太平洋戦争の前にはなかったんですよ。というか、歴史を通してなかったんですよ、国家に食わせてもらうという思想は。
同僚: でも先生の考え方は、極端に過ぎると思いますよ。
小生: うん、実はね、アメリカの共和党のTea Party(茶会)に本音では共感しているんですよ。弱者をいたわるあらゆる博愛的行為を、いまは国が独占していますよね。富裕層が、巨額の金を投じて、慈善行為をしようとすると、国は『さてこそ、脱税でカネをためたか、調査しろ』と言わんばかりでしょ。そんなことは個人じゃなく、国にまかせなさいと、すぐに言うわけですよ。昔は、成功した地主、農家、商人が橋をつくったんですよ、トンネルをつくり、道を作ったんです。その橋には、作った人の名がつけられていて、感謝の気持ちを伝えています。僕はね、国家が国民のありかたを決めるとき、組織が個人のありかたを決めるとき、個人の意志より全体の決定が優先される社会では、モラルは消えるという結論に至ったんですよ。だってそうでしょう。自分の自由意志で自分の行動を決められるときに、はじめてその人を束縛する道徳やモラル、倫理を問えるのですから。それを、国が、社会がと先に話すなら、既に自発的な意思に基づくモラルは崩壊していると思うんです。みんなで決めたことを守っていこう、だからみんなは僕の面倒をみてという生き方から、道徳を守ろう、モラルを守ろう、悪よりは善をとろうという厳しい責任感が出てきますか?無理ですよ。『おのれ信じて直ければ敵百万人ありとても我ゆかん』、こんな生き方を選べますか?不可能でしょう。『みんなで渡ればこわくない』、これが福祉国家の最大の問題だと思うんです。
同僚: 自由がある場合に限って、モラルを厳しく問えるというのは、それは分かりますけど・・・。
小生: 指導者や、上司、社会や組織が命令して、上意下達の原則が貫徹される場合、社員のモラルを問うても意味がないわけです。善なる行為と悪なる行為を区別し、善を選ぶ自由がないわけですから。主に従うというのが武士道ですよね。武士道あって帝王に徳なし。これでは困る。国家が国民を指導する社会では、指導者の徳が何より大事になるわけで、国民にはモラルはない。モラルじゃなくて、臣下・部下の踏むべき道があるだけです。国民は自分の幸福の実現を国家にまかせるのだから、幸福追求の自由もない。その国民の幸福を、自らの幸福と理解して、指導者の地位にとどまるというのが帝王学なんでしょうが、そんな人間は出現しない。それは天性のもので教育でつくることも難しい。それを人類は学んだのではないですか?
同僚: だからTea Partyだと。
小生: 過激に言うとね、Analco-Libertarian(無政府的自由主義)になるんだけど、共感は大いに感じるわけ。ロスバードは、戦争は国家の殺人、課税は国家の略奪と言っているんですよ。ま、僕だって、治安や司法、国防は国の職務であると思います。だけど、国は国民を道具だと考えたがるんですよ。自由にしたら何をしてもいいということになる。よくそういいますよね。正反対ですよ。何をしてもいいから、当事者の道義的責任を厳しく問えるわけです。求めて悪を為す人間は少数です。権力が規制すれば、規制される方は「そうするしかなかった」と言うでしょうが、本当にそうするしかなかったのなら、その行為に責任はありません。国家が守るべきモラルはあるのですか?国家の道義的責任は何者が問うのですか?国家が国民に利益をほどこすから、自分も得たいと思って、抜け道を探す誘因を感じるのです。

いやあ、こんな話を、延々と小一時間、していたわけだから、座っていたテーブルにサンドイッチを持ってきてくれた店の人は吃驚したのではないかなあ・・・「あの人たち、何者なんだろうね」という風に。

× × ×

虹を描いた絵画作品は、ネット上で検索してみると ― ほんと、便利な世の中になったものだ、以前にはこんな作業は絶対的に無理だった ― ある、ある。日本の歌川広重も描いてくれていた。



歌川広重、高輪うしまち、安政4年(1857年)

雪を描いた作品は洋の東西を問わず多い。虹もまた雪景色とおなじほど美しいものである。感動を与えるものだ。多く残っているのは自然なことだと思う。

2013年2月1日金曜日

ドイツ経済の明るさは世界のさきがけか?

ドイツの五大研の一つであるIFOから月報が届いた。IFOは、毎月、ドイツの景気動向指数を公表しており、それをみると独経済の現状、先行きが展望できる。

Der ifo Geschäftsklimaindex für die gewerbliche Wirtschaft Deutschlands ist das dritte Mal in Folge gestiegen. Die aktuelle Geschäftslage wird nach einem Rückgang im Vormonat wieder etwas positiver beurteilt. Zudem haben sich die Aussichten auf die kommende Geschäftsentwicklung erneut deutlich verbessert. Die deutsche Wirtschaft startet hoffnungsvoll ins neue Jahr.



日本の先行指数、一致指数、遅行指数と対応して、Geschäftserwartungen, IFO Geschäftsklima, Beurteilung der Geschäftslageが作成されている。遅行指数はまだ低下してきているが、先行指数、一致指数は既に反転上昇している。底をうったのは、原資料から確認されるとおり、昨年12月である。先行指数のボトムはそれより早く、昨年の9月であった。してみると、独株のDAX指数の動きもその背景を理解できる。


Source: Yahoo! Finance, 2013/02/01作図

アメリカ国債の債務上限、ギリシアのソブリン危機に揺れた2011年夏に暴落したあと、順調に上昇してきたDAX指数は2012年に入ってから下落し、春から夏にかけて底を打った。世界的にもミニ景気後退的な踊り場であったわけだ。本ブログでもEUのリセッション入りをこの頃投稿している。夏場以降、モタモタした状況になっているが、これはECBによる国債買取にドイツがあくまでも反対して、金融政策の展開が遅れたためである。そこを抜けてからまた上昇が続いてきているわけで、11月下旬になってからドイツ株が突然上昇を始めたわけでないのだな ― 日本の株価上昇は安倍政権誕生と金融政策転換が視界にみえてきた11月下旬以降だ。

いずれにしても昨年末にかけての株価上昇は世界的な現象でアメリカ経済も同じだ。しかし、アメリカ経済をとってみると、ISMによるPMI(=Purchasing Manager's Index)は昨年12月までずっと低下基調にあり、変化の兆しはない。PMIは経営現場から得られる業況判断であって信頼できる数字だ。心理要因に左右される株価とは違う。日本の数字については昨日投稿したとおりだ。

アメリカの実質GDP成長率が昨年第4四半期にマイナス成長(年率▲0.1%)となったあと、FRBは現在の量的緩和政策の継続を決め、雇用の改善が確認されるまではこれを続けるという意思を表明している。
The Federal Open Market Committee said in a statement yesterday that growth, while slowed by “transitory factors,” faces “downside risks” even after strains in global financial markets have eased. The expansion will pick up and unemployment will fall in response to “appropriate policy accommodation,” Fed officials said in a statement after a two-day meeting. 
“Everything in this statement suggests that they will continue to buy $85 billion per month and that we still have a ways to go before they’re satisfied that the labor market is where they want it to be,” said Ward McCarthy, chief financial economist at Jefferies & Co. in New York and a former Richmond Fed economist. 
Bernanke and his FOMC colleagues are deploying record stimulus through an open-ended expansion of the Fed balance sheet after determining that the benefits from stoking a flagging economy outweigh any risk of financial instability or higher inflation.
Source: Bloomberg , Feb 1, 2013 12:49 AM GMT+0900
経済指標の動きはプラス、マイナス、区々様々であり、方向感に欠けている。判断が難しい局面だろう。

金融当局であるFRBも、財政不安、インフレ高進への懸念 ― つまりそういう心配について率直に語っている、ここが肝心だな ― それもあるが、その心配より景気刺激によるプラス効果が大きいと認識している。そういう立場であって、ここに変更はない。こんなFRBをとりまく状況ととっている行動が、近未来の日銀の姿を映し出しているのだろう。とはいえ ― 総裁も交代するので想像は難しいが ― 公式見解として『○○は政府が担当する分野でありますし、△△は民間企業が乗り越えるべき課題であります』などと、これまでと同じように日銀が語り続けるとなると、日本経済の実態は全体としてほとんど変わらないかもしれない。

マクロ経済の行方が微小な原因で左右されがちなとき、政策当局の発言・行動を観察している市場の<心理的要因>が、予想外に大きな結果をもたらすだろうことは、小生も同感である。こういった事柄は、データ分析では非系統的で、不規則な成分になるのだが、結果として現れる経済現象を後追いするビジネスマンにとっては、それがいかなる成分であるのか、どうでもよいことである。