2013年10月10日木曜日

「評価」という仕事の評価は誰がするのか?

いつの間にか秋である。昨年の10月中旬、小生の勤務先の風景は下の写真のようであった。今年は夏が暑かったせいか、少し遅れているようだ。



キャンパスの紅葉が始まると大学評価の季節がやってくる。明日、明後日と、学外から評価担当者が訪れ、実地調査を行う。今年度の授業計画責任者としては会議に同席しないといけない。昨日は、将来予測の授業、本日は朝から某社の出前授業をやったのに又かよ、と。ヤレヤレ、まいるねえ、一体こんな評価って、誰が、いつ、何のために読むの?評価結果を参考にして、学生が志望校を選んでいるの?役に立っているの?いやはや、一人ボヤキがいくらでも出ますわ。

実は、小生、現在の勤務先で第1回の授業評価アンケートが実施される道筋を作ったものと、ひそかに己惚れているのである。確かにまあ、その件を審議した委員会の委員長ではなかったが、質問構成、実施方式などで鍵となる構想を提案し、実施後は最初のデータ分析報告を行った。そのデータ分析は<R>でやったのだが、ソフトウェア選択眼を具備したものとこれまた独りで自己満足しているのだ、な。今からもう15年も前のことになった。

「なってしまった」と感に堪えたように書いたが、別に「あれから40年」というほどの時間ではない。せいぜい「学校出てから十余年」くらいの時間である。それでも、その間に何と<評価>という仕事が周囲で自己増殖したことか。

今では、半年に1度、年に2度、授業ごとに2種類の授業評価アンケートを学生に回答させ、担当教員は授業ごとに別の自己評価アンケートに答えている。評価結果を文書化して授業は初めて終わるのだ。もちろん<成績評価>という評価も片手間にやる、いやむしろこれが本筋だ。一体これほどの量の<評価>という行為を行わないと、学校の、というか日本人の仕事の質は上がらないものなのだろうか?

それにしては、こんな評価など一切なかった時代、日本の経済学界は黄金時代にあって、大学、官界、在野の経済専門家たちは喧々諤々、その時々の政策について華麗な論争を繰り広げていたと記憶している。小生が学生であったころには、渡部経彦や内田忠夫、建元正弘といった専門家が毎週どこかで所論を述べ、さらに小生がいた大学にも辻村江太郎や加藤寛、それから尾崎巌、小尾恵一郎といった経済分析の達人がいて、授業では世間の論争の内幕を面白くとりあげたりしていたものだ。今がダメだとは言わないが、評価をしている割には向上意欲というか、熱気が薄まっているように思う。まあ、「授業熱心」という点では、現在のほうが上かもしれない-何しろ評価されるのだから当然かもしれない。なのに・・・、という話だ。

ちょうど病院の世界であれば、医師の仕事を評価する<医療評価専門家>がいてくれたほうが、何となく日本の医療水準が上がるような気はするものだ。しかし、資源配分の秘訣はすでにスタンダードな理論が確立していることを忘れるべきではない。資源配分は、自由な選択機会を保証し、分権的に決定するときに最も無駄がなくなる。すなわち、マーケット・メカニズムであり、仮に組織的プロセスを採るにせよ、中央集権的な<一枚岩組織>より、競争メカニズムを活用した<分権的組織>のほうが、変化する環境への適応能力があるものだ。そもそも優れた経営者、有能な社員は、高く評価するより、報酬を上げる方が士気につながる。「評価するならカネをくれ」というのは永遠の心理だ ― 研究支援においてはもう現実であろう。評価とカネは表裏一体である、今のところは。もちろん評価と報酬がパラレルに本当に連動するなら水面下のロビイング、評価担当者の接待、etc.が横行するのは五輪開催地の決定プロセスと同様である。ということは、冷静にして静謐な評価が大学については実施されているということ自体、評価とその後の報酬・処遇が関連していない、評価だけのこと、そういうことかもしれない。

振り返れば、「評価、評価」と騒がしくなったのは、政府にカネがなくなってからである。やがて予算の大半は社会保障に支出され、政府の貧困はその度合いが高まる―本当は、社会保障はどんな形にせよ所得再分配によって達成するしかなく、社会保障を充実させて政府が資金繰りに困るという事態はあってはならない。とはいえ、こんなロジックなど通らないのが世間の感情というものだ。「まあ、この話しはええわ」、小生の郷里ならそんな反応が出てきそうだ。ともかく、そのうち高い評価をあげた組織には、カネではなく大臣名の賞状が届くようになるかもしれない。やがて総理大臣名の感謝状になるかもしれない。いや勲章が贈られるかもしれぬ。これが名誉と感じられ、士気を維持できれば実に安価な組織マネージメントではないか。そんな国の楽屋裏を国民は冷静に観察し、評価するべきではなかろうか。本当の評価はこちらである。


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