2011年11月27日日曜日

日曜日の話し(11/27)

小生の職場では現在トップを選出するための選挙運動が繰り広げられている。先日も対立候補に投票してほしいという依頼を聴いたところだ。そこで話したことは、かなり小生の本音に近いことだった。
候補が超一流の人材であり、高い見識を持っていることは、専門分野も同じで熟知しているが、しかし現在私達が置かれているマクロ的な条件を考えると、トップに座るたった一人の人間を現職から別人に変えることで、今後の帰結が別のものになるとは思えない。この組織がどうなっていくかは、社会全体のマクロ的な動きの中で決まっていくことであり、一人ひとりがどう考えるかということとは別のことだ思う。ましてやトップを自分たちに近い人物に変えれば、私達が助かるという考え方は、完全な錯覚であって、候補を応諾したご本人にも大変迷惑なことではないのか?
大体そんなことを話したのだな。

人は何らかの思想をもっているものだ。しかし、自分の思想が▲▲思想に該当するか、それを正しく自覚しているとは限らない。小生は、本ブログでも何度か書いているように、社会がこれからどんな風に進んでいくかは、個々の人間の思惑とは別のことであり、政治家がなすべきことは、<自分がやりたいこと>をするのではなく、その時にその社会が進もうとしている方向を洞察して、それを妨害しないように、無意味な抵抗をして意味のない努力を強制しないようにすることである。そんな風な考え方をするのだが、振り返ると若い時からずっとそんな風に社会を見ていたような気がする。

この立場は<歴史主義>と思っていたが、よくよく考えると<唯物史観>だな、これは。つまり<社会主義>そのものだ。自分でも驚くが、まさにそう。社会は巨大な現実であり、人間の理性はそれを解釈したいように解釈しては、色々と意味付ける。しかし、現実そのものは私たちの理解とは全く別の存在であって、社会の変動や本質を人間が理解するのは、そもそもできないのだ。理解出来ない以上、社会の進展をあらかじめ予測することも不可能だ。管理することも不可能だ。あれよあれよと戦争が始まることもあれば、信じられない形で新しい国ができたりする。信じられないのは、人間社会の現実を理解できていないからだ。ま、そんな風な見方である。

社会の発展は、歴史の中で決まってくる帰結である以上、社会の現実を洞察する先導者がいる。社会の<前衛>である。それは<共産党>が担わざるをえない・・・ここまで書けば、小生の社会観がマルクスの唯物史観と50歩100歩であることは明らかだ。なるほどねえ・・・と。これは面白い!

ロシア革命は第一次大戦中の1917年のことだ。1920年代のロシアでは、ロシア・アバンギャルドと呼ばれる潮流が思想界、芸術界で花開いた。何度か登場するカンディンスキーも第一次大戦が始まり、それまで暮らしを共にしていたガブリエレ・ミュンターと別れてロシアに帰国した。そこで再婚をして新しい人生を歩き始めたのだった。

フィローノフ、Formula of the Cosmos, 1919

ロシア・アバンギャルドの自由な発展は、やがて社会の「前衛」たる共産党の指導に服すべきだとされた。1920年代末から30年代にかけては、時のスターリン政権下で、もっぱらロシア社会の更生を正確に写実するミッションを与えられ、芸術家達は主観を放棄し、<社会主義リアリズム>の実践に邁進することになった ― その結果、新しい創造は何も生まれなくなった。カンディンスキーはロシアを再び捨て、戦後ドイツでバウハウス運動に貢献した後、パリに赴いてそこで死んだ。

フィローノフはロシア国外ではあまり知られていない。ロシア共産党政権は、第一次世界大戦直前の時期から発展した象徴主義、抽象主義、立体主義など新しい潮流は、すべて個人の主観を社会という現実の上におく<ブルジョア思想>そのものであり、ソ連国内では抑圧する方針をとった。上の作品は、ロシアという国が、そんなソ連社会に変質していく前に到達していた一つの地点を伝えるものである。



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