2011年9月30日金曜日

いわゆる「将来世代への負担転嫁」をよしとする意識について

内閣府の経済社会総合研究所が、防災コストの負担と意識の関係をめぐる分析結果「防災対策と世代間公平~持続可能な防災・減災政策のあり方に関するアンケート調査~」(永松 伸吾・佐藤主光・宮崎毅)を公表した。

上記ディスカッション・ペーパーの要旨は以下のとおり。
低頻度高被害型の災害リスクへの対処が、今日の我が国の防災・減災政策の主要な課題の一つである。本稿では、持続可能性をキーワードにした新しい防災・減災政策の方法論を示すため、巨大災害対策の世代間公平の観点からのアンケート調査を実施し分析を行った。
ここでの主要な質問項目は次の通りである。第一に、大規模地震対策、大規模水害対策のそれぞれについて、どの程度の期間でそれを完成させるべきかについて質問した。第二に、それらの対策の費用負担は現在世代と将来世代のどちらが行うべきかについて質問した。第三に、過疎地の防災対策について、どの程度国による支援を実施すべきかについて質問した。第四に、土地の利用規制方策について質問した。第五に、防災対策における政府の関与の程度について質問した。これらを被説明変数として、個人の属性や、また将来の日本や地球環境、災害リスク、科学技術の進展などに関する楽観性を表す因子を説明変数に加え、回帰分析や順序ロジット分析、多項ロジット分析を実施した。
これらから得られた主要な結論は次の通りである。まず、性別、年収、子ども・孫の有無でかなりはっきりとした政策選好の違いが見られることである。女性についてはリスク回避的であるが、将来世代への負担転嫁を望んでいる。また世帯年収が上がれば上がるほど、防災対策を長期に分散させ、将来世代の負担とすることを選好する。子ども・孫が存在することは、女性と同様にリスク回避的であるが、将来世代の負担転嫁を望まない傾向がある。なお、将来への楽観度については、様々な政策選好に影響を及ぼしている。将来の日本の状況や巨大災害リスクへの楽観度は防災対策の完了期間をより長期で実施することをのぞみ、そのための負担は将来世代にわたって負担することを望む。これは、将来状況を悲観的に捉える人ほど、そのための対策と負担を前倒しすることを選好することを意味している。
(出所)http://www.esri.go.jp/jp/archive/e_dis/e_dis280/e_dis276.html 
本文には詳細な分析結果が記述されている。まだ公表直後なのでまだ精読はしていないが、以下の結果は面白いと感じた。


各質問項目への回答は相互に相関しているが、その相関から潜在的な因子を抽出した結果が上の表だ。どうやら独立因子をとっているようだ。4つの因子を引き出しているが、寄与率をみると、最初の3つで75%を説明できる。その3つの因子はどれが重要ということはなく、独立して回答者の回答に影響している。因子の名称と因子負荷(各係数)の正負の符号がマッチしていないとも思われるのだが、係数の符号をすべて逆にしても因子の存在と作用に変わりはないので、特に問題ではない。

地球温暖化というキーワードを共通して使った以上は、それを地球環境と一般化するのは少々無理だろうとは思う。ま、とにかく、<環境問題への関心>、<明るい未来を信じるか>、<子や孫が受ける災害への関心>。こんな意識が防災意識を形成していることは、よくわかるし、データ分析からこれが確認されたことは、一つの前進だと思う。

さて16ページには次の結果が示されている。文章を少し引用させてもらおう。

この費用分担のうち大地震向けの防災投資(質問 17)に係る実証結果は次のように示す通りである。ケース 1,2 において年齢が 10%水準でプラスに有意となっている。年齢層の高い回答者ほど、費用負担の将来世代への転嫁を志向(逆に自分らの世代が多く負担することに反対)していることになる。社会(有権者)の高齢化が進む中で増税等による負担増には反対して、社会保障や財政赤字の問題を将来へ先送りする傾向が強まっている。防災投資のコストも例外ではないことが伺える。女性ダミーもプラスに有意であり、将来世代の負担を求める傾向が見受けられる。他方、子ども・孫のいる世帯ダミーは全てのケースでマイナスに有意(有意水準は 1%)であり、むしろ、現在世代が費用の多くを負うことに賛同している。将来世代に対する配慮(利他主義)が反映されたものと解釈される。
上の結論を得た分析の方法は、防災コストを将来世代へ転嫁してもよいと考える度合いを被説明変数とし、説明変数を以下の表のように選んだ順序ロジット分析である。


この結果を見ると、確かに本文で記述しているように、将来世代へ防災コストを転嫁しても良いと意識するかどうかは、回答する人の年齢と、その人が現に子供や孫を有しているかどうかに強く依存する。子や孫をもっている人は「後世代への転嫁はよくない」と考える傾向にあり、それとは別に一般に年齢が高くなるに伴って、後世代にコストを負担してもらうことを肯定的に考える傾向がある。そして女性。<以下修正します。係数の正負を逆に読み取っていました>

修正後: 女性は将来世代への転嫁を肯定的に考えている。ふ~~む、そうか。下にあるオリジナルのように女性は子供たちへ負担を押し付けるのを良しとは考えないと思っていたが。母子一体。そういうことなのかなあ。基本因子の三番目<子や孫が受ける災害への関心>に女性ファクターは有意に影響を与えている。子や孫を現に有していることで、それだけ子や孫が受けるかもしれない災害を自分もまた辛いと考える傾向がある。この心理的な傾向は、女性において更に強まるという結果が上で得られている。その女性が、防災コストの負担を子や孫に託してもよいと考える。いかなる心理なのであろうか?ちょっと考えこんでしまう。

オリジナル: 女性は利己的ではなく、利他的なモチベーションに沿って行動を選ぶ傾向がある。だから子供たちには負担を押し付けようとしない。自分が引き受けようと考える。正に、母なる心性が伝わってくるではないか。う~ん、そうだろうなあと何となく感じてきたことではあったが、ここまで客観的データから明瞭に浮かび上がってくるとは ・・・・。

ただ、本文には「社会(有権者)の高齢化が進む中で増税等による負担増には反対して、社会保障や財政赤字の問題を将来へ先送りする傾向が強まっている」と、高齢者がいかにも自己本位というか、逃げ得、もらい得を狙っているというか、ややネガティブな文章表現でまとめているのだが、今回のデータ分析結果から、ここまでは言えないと思う。寧ろ、高年齢になるに従って、防災コストは結果として子や孫に託するしかしようがない、そう意識するようになると受け取るべきだろう。実際、基本因子の三番目<子や孫が受ける災害への関心>に年齢ファクターは有意な影響を与えてはおらず、年齢が高くなるからといって、その人が利己的になるという証拠は不十分だ。

今回確認できたことをどう解釈するか、それをどのような政策に反映させていくかが鍵となるだろう。要点は、

  1. その人が現に子や孫を持っていない場合は、子や孫の世代が受ける災害には、より無関心となる。
  2. と同時に、防災コストを子や孫の世代に転嫁しても問題はないと考える傾向が強まる。

所詮は他人の子だからねえ・・・身も蓋もないかもしれないが、こうした原因でこうした心理が社会の根底に形成されていく可能性があるのであれば、単にライフスタイル選択の自由ばかりではなく、より持続可能な社会の観点から、注意をしながらフォローしていく必要があるのではあるまいか?防災コストにとどまらず ― 上で引用した本文からも同じ思いは伝わってくるが ― あらゆる社会保障コストについて同じことが言えるかもしれないのだ。いわゆるDINKs(Double Income, No Kids)の増加は、それ自体として今の社会を自己本位化し、(声なき)子や孫にとって一層過酷な現在世代を作り出す原因になる。そうも言えるかもしれない。意図的にそんな風に考えている人がいるとは思えないが、傾向としてそんな傾向のあることを否定できない。この事実は、それなりに重い、そう思われる分析結果である。

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