2011年9月3日土曜日

リンク集 ― 野田新内閣への期待は?

野田政権の執行部と内閣が発足した。マスメディアには ― 新聞も週刊誌も含めて ― 様々な期待、はたまた冷めた批判が掲載されている。

手元にある本日の日経朝刊が経済政策上の課題を下のように整理している(3面)。


ヘッドラインは<復興増税まず関門>になっている。上の表をみるとタイムスケジュール的には、

  1. 三次補正予算、所得税・法人税の臨時増税が10月
  2. 消費税率引き上げ、社会保障と税の一体改革法案が来年3月
  3. 当面の対応課題として、円高対策
  4. 長期的課題としては、新エネルギー戦略、TPPへの参加の是非判断。何とTPPは11月には判断と記してある(ちょっと無理であろうが・・・)

まずは復興財源対策と円高緊急対策からスタートするというのは、共通の意識であろう。

エネルギー戦略はにわかに結論が得られるとは思われない。成長戦略と表裏一体であるから、いまから始めても1年程度の審議は必要ではないか。しかるに経済財政諮問会議をスリープさせ、無数の重複した会議が官邸内部に乱立しているから、いくら古川経財相が頑張っても、体制立て直しだけで3ヶ月はかかるだろう。ま、来年から新体制で成長について議論を始めるというところだろうね、そう予測しておきます。となると、税と社会保障をどうするか。これも3月には基本方向だけがアドバルーンとして出てきて、具体的には来年度、概要が公表されるのは来年9月ではないかなあと、小生は見ているところだ。

日経が社長100名にアンケートをとってみたそうだ(11面)。


足元の課題は<震災復興>と<円高対応>。中長期では<成長戦略>と<エネルギー政策>、エネルギーとほぼ同数で<TPPなど通商貿易政策>。短期はともかく、中長期の課題は要するに<何か、変えてください>という期待に尽きる、そう読んでおくべきだろう。

そう。変えるべきことは分かっているのだが、変えようとすると異論・反論が洪水のように溢れてきて、つぶれてしまう。そんなパターンが何度も繰り返されているのは、変える道筋が時代の課題に合致していないからですね。一言でいえば、日本経済のビジネスモデルはそのままにして、<カイゼン>で乗り越えようと考えるものだから、そもそも<イノベーション>を歓迎しない。成長ではなくて、合理化。所得倍増ではなくて、分配率の変更。もっと悪意をこめて表現すれば、所謂<搾取>を否定できない。技術進歩のプロセスにおいては、中低位の所得階層から高所得階層への富の移転が行われる局面もありうる。そう言われても、<ゼロサム・ゲーム>では人々は納得しない。国にとってこうするのが利益なのですと唱えられても、普通の人には損である。社会的な利得状況をそう考えてしまえば、集団全体としては適切な政策であっても、多くの人にとっては反対する誘因が生じる。

野田新政権の課題は、この認識のミスマッチ。パーセプセション・ギャップを解消しておくのが、絶対不可欠な政策課題である。それはゲーム論的にはコミットメントであって、これ以上の所得分配不平等化の進行を許さないという強い意志の表明である。具体的には、(追加9/3/14:30 所得税率の累進度を上げることと、併せて)納税者IDをたちあげて節税、脱税に厳しく対処する姿勢を決然と示すことが、政策不信を解消する第一歩になるわけで、まずここを押さえないと従来と同じく、発声は宜しいが走りだして転倒、同じ結末になりましょう。

その意味で「国家公務員の給与を2割下げます」と言ったところで、多くの人は「それはいいですよ」というだけであって、それが終われば「次は電力だねえ、で次は銀行。保険も高すぎるね。それからテレビ局か、というか、あらゆる大企業、もらい過ぎだよね・・・」という風に、<となりの芝生>の無限ループに陥るだけである。

さて前口上が長くなった。新政権への期待を、もう一度、ダイヤモンド・オンラインから。

野田新政権発足へ!DOL版・新内閣支持率調査

財務省の意向に沿って、フワッとした立ち上がりで増税を言ってしまうと、そこで終わり。この点は、同じダイヤモンド・オンラインで田中秀征氏が述べている。

野田新政権は「党強政弱内閣」か

同じダイヤモンド・オンラインを見ていて、次の岸博幸氏の東電処理案は小生も基本的に同感だ。

野田政権は東電破綻処理を急げ―このままでは日本は中国やロシアからの巨額賠償請求の餌食になる

放射性物質が海洋に流出していることから、いずれ汚染は北海道に及び、その後は北太平洋からアラスカを洗うだろうということは小生も予測していた。岸氏が懸念するように、中国が日本に損害賠償を求めるという可能性は高くはないと思っていたが、ロシアはまず確実に出してくるのではあるまいか。そう思っていたところだ。といっても、まあ漁業権の観点であるから、せいぜい10兆円か20兆円くらいじゃないか、取れてもそんなことをして対日関係を修復不可能なほど毀損させるよりは、北方領土を諦めさせ、同時にサハリン・北海道の天然ガス・パイプライン敷設を承認させ、併せて東シベリアの経済発展に協力させる。小生がプーチンでも、この位は、まず言うだろうなあ、と。よほど呑気でない限り、すぐに想像のつくことだ。

ロシアが言えば、当然、中国も原発汚染では地理的に無理筋だが、何か言わなければロシアに一方的にとられてしまうから、食品汚染とか、大気汚染を言い出して、保障を求めてくるだろう。

だから、東電を存続させ、国が責任をもって対応するという現体制は、対露、対中でみると極めてヴァルネラブルであって危険だ。これは合理的な指摘である。残しておくより、企業の論理を適用して整理したほうが、国益にかなう。もっともであります。

しかしながら、菅前首相は既に原発事故における国の責任を認めてしまっている。東電が消滅してもロシアは日本政府に対して損害賠償を求めるだろう。

来てもない要求を心配しても仕方がないが、後をひく大問題ではありましょう。

野田新政権が復興と原発収束を目下の課題とするのは当然だが、世界市場の環境はこれまでになく悪化している。

「日本病」が世界を襲う(池田信夫blog part2)

「日本病」という時、The Economistが先日とり上げた政治的「日本病」か、経済的「日本病」か、同じ「日本病」でも着目する症状は一様ではなくなってきたところが、小生、非常に面白いと感じている。

デフレを軽く見て、自発的に成長軌道に復帰できない経済体質になってしまったのは、治療ミスであろう。ところが経済的敗戦の中で、粗雑かつ不適切な責任追及が行われてしまったことが、今度は責任回避による各プレーヤーの利益を増やし、ここにおいて日本的政治経済ゲームの構造は変質してしまった。まずこの点を見ないといけないのではないか。

それ故に、それまでなら可能だった望ましい均衡点の実現が、リスクの高まりから、極めて困難になった。<党派主義>の蔓延は、大同団結よりも散開の利益を求めるものであり、その背景には本筋から離れ、あまりに形式にとらわれ過ぎた(と小生には見える)日本人の責任追求行動があるのではないか。自分には制御できない過失に対する激しい責任追求行動は、プレーヤーにとってはリスクの高まりであり、だからこそ大樹の陰で少人数グループが独立するという状況を形成している。そんな風に、小生は見ているのですね。とすれば、失敗、敗戦に際して行う原因調査委員会の調査精度、最終的な拠り所としての裁判の公正とスピードは、組織的失敗からの立ち直りを担保するうえで最も大事な社会的インフラストラクチャだと思うのだ。

ま、先進国経済全体に日本病的症状が現れ始めている。これは経済上のメカニズムから、ある一定期間、避けようがないと思われるのだが、大事なのは治す過程における評価主体(=国民)の態度である。そう思っているところだ。その点で、The Economistや先日のWall Street Journalで示された見識レベルをみると、「これは日本とはかなり違うみたいだなあ」と、そう感じてしまうのも事実なのだ、ちょっと残念な気もするのだが。

最後に

専業主婦年金の廃止(政治ブログ、佐藤健)

必ず出てくる指摘だと思う。ただ、どうなのだろう。「老後のことはカミさんと相談して民間保険会社と契約しますから、もう国は手を出さないでください」と、そんな意見もまた同時に出てくるのではないだろうか?

そもそも日本国憲法で国が国民に保証していることは第25条で定めているように<健康で文化的な最低限度の生活を営む権利>であって、第1項を受けて<国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない>とされている。就業期間中の平均生活水準に比例する老後の生活を送ることに国は責任をそもそも持っていない。最低限の年金にのみ国は責任をもち、その年金も受給できない国民は生活保護で救済する。これが本来の形ではあるまいか?だとすると、公的年金の運営そのものを見なおすべきであり、現行システムでカネが足らないからといって、現在の勤労世代の負担を増やすという選択は、本来、国の政策としては予定されていない。こんな風な反論が必ず出てくるように思うのである。

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