2011年6月29日水曜日

覚書 ― 震災後の日米エネルギー対話

本日の日経「経済教室」にケント・カルダー氏(ジョンズ・ホプキンズ大学ライシャワー東アジア研究所長)が「エネルギー対話の強化を ‐ 震災後の日米関係」を寄稿していた。

見逃してしまうには惜しい内容が書かれていたので概略を書き留めておきたい。新聞紙上では三つのポイントが挙げられていた。

  1. 経済面での日米協力の明確な構想が必要だ(=相互の利益をよく理解した上で戦略的協力を進めるということ)
  2. 原発整備へ事業者の賠償責任に上限を設けよ(=本文で必要性と根拠を考察)
  3. 技術開発の協力や知的交流の活性化も課題(=具体論は一部紹介にとどまる)

というものだ。しかし、これ以外に関心をひく点も多く含まれている。順番にとりあげていこう。

  • 日本もアメリカも今や対中貿易が、対米、対日貿易を上回っている。中国の台頭に伴って、日米どちらの国にとっても、日米関係の内容と相対的ウェイトは変化している。しかし、中国とは共有できない日米固有の補完性に基づいて相互協力ができる分野がある。それはエネルギー、テクノロジー、貿易、知的交流だ。
  • 最も重要なのはエネルギー分野だ。エネルギー消費量をみると、1980年には日米合計が中印合計の3倍だった。これが2035年(24年後)には、中印合計が日米合計の2倍の高さに達し、完全に逆転するというのがIEA(国際エネルギー機関)の展望だ。エネルギー効率化、技術革新を進めなければ、エネルギー源をめぐる競争が一段と激化する。
  • 再生可能エネルギーの開発と省エネルギー技術は、アメリカが日本に教わる所が多い。一方、原発も日米双方にとって将来のエネルギー政策に欠かせない選択肢だ。電気自動車の普及など輸送部門で電力需要が急拡大する可能性が高い。これに対応していくことも大事だ。日本の経済産業省の試算によれば、今後2030年までに日本が必要とするエネルギー関連投資は130兆円に達する。この巨額の投資を行うには、民間資金の活用が不可欠であり、それにはエネルギー市場における投資家の信頼を得ることが必要だ。特に、安全な原発事業に投資が向うには、事業者の賠償負担に上限を設ける必要がある。アメリカでは、プライス・アンダーソン法がこの役割を果たしている。
  • テクノロジーはエネルギーと深く結び付いている。富士電機とGEはスマートメーター(次世代電力計)の開発で事業提携した。IBMはリアルタイムの都市運営を実現するシステムを提供できる。他方、日本の日立はIT技術を駆使した環境配慮型都市開発の技術に優れている。省エネルギー技術、情報、原発の他にも金属、精密機械、光電子工学など戦略的提携の可能な産業分野は日米間に多い
  • 技術交流をスピーディに進めるには、より多くの参加者が参入できるように、開かれた貿易の枠組みを整えておくことが大事だ。日本のTPPの参加もこの点から考えてほしい。農産品は、既に間接的な貿易障壁が一部減らされているが、さらに価格支持政策から直接的な農家の戸別所得補償に力点がシフトしており、農業貿易の自由化を促す状況になっている。
  • 知的交流は、日本からアメリカへの留学生減少が話題になっている。日本の教育機関のアメリカ進出が望まれている。その一例として日本の5大学が共同でワシントンに設けたシンクタンク「日米研究インスティテュート」が挙げられている。ワーキングホリデーなどの協定を日米で結び、日本人留学生(社会人学生だろう)が働きながらアメリカの教育機関で学ぶ機会を増やすことも一案だ。

このように全体を眺めると、最大の問題意識は、エネルギーを主として何に求めるかという戦略だ。これから20年くらいの間に、競争が非常に激化するという点が最重要ポイント。そのエネルギー戦略を日米で選んでいく時に、日米で連携・結託・協同できる分野が多いという指摘。これが寄稿の眼目とみられる。「共同利益を最大化していかないか?」、アメリカの日本に対するソフト・コミットメントでありますな。

ゲーム論では、ソフト・コミットメントに対しては、ソフトに応じる戦略的補完性の論理がよく適用される。しかし、常に相手に合わせて共同利益ばかりを考えていると、自国の利益が最大化されないことにはなる。相手の意志決定に影響を与える、自国の意志は曲げないという姿勢を貫く。そんな超強気の限定合理的行動もあることはある。しかし、下手をすると両方が損をする「囚人のジレンマ」状況に陥る。というか、尖閣・北方領土で醜態をさらしてしまった現在、日本が強気に突っ張っても外国に対しては「空の脅し」でありましょう。まあ、常識的には相手のアプローチをまずは真剣に考えてみるというのが定石である。

確かに中国、インドのエネルギー開発政策はすごいのだ。たとえば各国の原発建設計画をみると、下の図のようになっている(文字が小さいので画像を別に表示してほしい)。データの出所は、現時点で手元にメモがないのだが、原資料は図の下にあるようにWNA(世界原子力協会)による。


これによると中国は今後80基の原発施設を建設する計画になっている。現在も中国政府は第4世代原子炉の安全性を信頼しており、福島第一の事故とは事情は異なるという発言をしている。原発にどの程度までウェイトをかけるかは、各国によって違いがある。違いはあるのだが、原発でなければ、つまり石油・天然ガスの化石燃料、でなければ再生可能エネルギー、というのが大まかな選択肢である。最近の一次エネルギー自給率を各国で比べると、フランスが51%、ドイツが40%、イギリスが104%、アメリカが72%、中国が96%に対して、日本は18%である(エネルギー白書2010、67ページ)。化石燃料依存を高めるという選択は難しかろう。そこで、再生エネルギー利用技術が進歩するまでは、原発を活用せざるを得ないだろうというのがカルダー氏の提案の一つの眼目だ。そのためには、民間資金の活用、投資環境の整備、その一環として投資家(6/29修正:投資家→企業)の有限責任制度を確立するという提案となる。この辺り、相当ロジカルである。

エネルギー産業への投資環境整備。これは、日本で今後必要となる投資規模が巨額だと見込まれることとも関連する。2030年まで130兆円。1年当たりで大体6兆円から7兆円。日本全体で毎年企業が設備投資に使っているお金は7、80兆円だ(GDP統計の名目数値から)。その内の1割程度をエネルギー分野にコンスタントに充てるという展望だ。震災復興事業は概ね20兆円か30兆円と言われている。これは一回限りの復興事業。あとは継続で別に資金を調達して個々の事業を進めることになる。毎年数兆円のエネルギー投資がこれから継続的に必要だという試算は、極めて衝撃的ではあるまいか。

この資金は、当然、民間から投入しないといけないし、高齢化が進む日本国内だけからエネルギー投資がまかなえるか?この点も考察の視野に入るだろう。となれば、日本のエネルギー産業が魅力のある事業分野になっているかが、非常に大事なポイントになってくるのではないか?そんな問い掛けを、外国は黙っていてくれ、と言わんばかりでは、戦略性に欠ける意志決定を行ってしまう確率が高い。やはり日本の国益をよく考えないといけないだろう。

TPP参加がこの議論から出てくるのは、ある意味で自然だ。「多数の民間事業者が自由に参加する中で日米双方の経済問題をうまく解決していけると思わない?」相手はそう言っているわけだから、日本は「確かにそうだね」というか、あるいは「いや、そうは思わないなあ」と言えばいいのである。日立は原発事業部門をグループ全体の中核に据えていたはずで、現在は戦略練り直しをしていることと思われる。ただ日立グループとしては、上でも紹介されているように社会インフラ事業もコア事業である。こちらはデータ処理と環境ビジネスの融合が売りだ。日立の社員の方々は、当然のことながら、今日のカルダー氏の寄稿を興味深く読んでいることでありましょう。

このように、中国の台頭を考えながら将来戦略を決めていくのは日米で共通だが、日米の2国間だけで連携・共同による利益があるかどうかを考えると、共同利益は数多くの分野にある。そんな提案である。日本としては、より大きな利益が見込める戦略があれば、その戦略を企画すればよいし、その戦略が他国との連携を必要とするものであれば、その他国にとって日本の戦略が魅力的であることを日本から提案すればよい。そんな上手い提案がないのであれば、日米2国間で、もっと日本の利益になる連携のあり方を探していけばよい。今日のカルダー氏の寄稿は、アメリカの観点から提案された一つの共同戦略案として考える価値が大いにあると思うが、いかがであろうか?

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