2011年6月17日金曜日

緊縮財政が、たった一つの選択なのか?

6月18日号のThe Economist(英国の経済誌の方である)の"Economics focus"コーナーは、"The Great Repression"というタイトルである。意味は「大抑制」とでも言おうか。要は、金融機関の経営を政府が抑圧する政策。たとえば、「経営の安定のためには、総資産の△△%以上を安全資産で運用するべし」とか、「支払準備金を総預金残高の△△%以上に保つべし」とか、そういった安全経営基準を強化する政策がそれにあたる。有名なバーゼル基準の一つである自己資本比率規制もこの仲間である。

日本の預金準備率は、預金種類や預金残高によって違いはあるが、高くても1.3%である。中国については、いま現在ネット上を流れている速報によれば、「中国人民銀行が、今月20日から預金準備率を0.5%引き上げるとのこと。預金準備率の引き上げは今年に入って6回目となる。これによって、大手金融機関の預金準備率は過去最高の21.5%に達する」。これだけ高い支払準備を要求されると、中国の金融機関が自由に使えるお金は大幅に抑制されることになる。

普通、民間銀行がもつ支払準備金は各銀行が中央銀行に持っている当座預金口座に預けられる形をとる。つまり、せっかくの預金を中央銀行に寝かせて死に金にするわけだ。もしもその中央銀行が、国内金融市場から国債をいくらでも買い入れてもよいとのお墨付きを国会から得られれば、銀行にお金を預ける国民は、実質的にはかなりの部分を国債という形でしか運用できなくなる。その国債の金利を低く設定すれば、金利については政府の言い値で国民は資産を運用せざるをえなくなる。

これほど手間の混んだ経営抑圧である必要もない。もっと直截に「民間金融機関は総資産の△△%以上を評価の安定した安全資産で保有しなければならない」と法で規定しておいて、その安全資産は財務省令で規定するとでも決めておき、政府の長期国債を安全資産の中に含めておけば、政府は完全に金融機関の経営の手足を縛ることが可能になる。

リーマンショック以降、大量に累積した政府債務を解消するには、以上述べたような「金融機関抑圧政策」が有効であるというのが、The Economist 誌の記事の概要だ。元資料は、IMFのWorking Paperでタイトルは"The Liquidation of Government Debt"。著者は、Carmen ReinhartとBelen Sbrancia。前者のラインハート女史は、最近、ケン・ロゴフ氏と共著で「国家は破綻する」をものしており、それが世界的大ベストセラーになっているから、ご存じの方も多かろう。

このワーキングペーパーの中で、巨額の政府債務から脱却するには、三つの策があると著者はいう。

実際には採れない理想も含めれば四つになる。その理想とは、「上げ潮路線」。国債の金利よりも高い経済成長をずっと長期間続ければ、必ず借金は返せるという理屈がそれだ。しかし、実際問題としてこれは難しいと言っている。

だから選択肢は三つだ。一つ目は徳政令。デフォールトである。政府が「返せません」と宣言し、一方的に償還期限を10年から30年に延長する。二つ目は緊縮財政。政府の収入には一定の限界があり、その限界の中で、その年の借金返済をまずとっておき、残りの部分で何とかやっていこうという政策である。やれないなら国民に増税を強いる。政府が我慢するか、国民が我慢をするか、どちらかだ。これは日本の官僚が大好きな「国民耐乏論」そのものである。三つ目が、いま述べた金融機関抑圧政策である。

これでなぜ政府債務が返せるのか?金融機関に流れこむ資金の相当部分を、あらかじめ低金利の国債に充当することを強制することによって、資産の利回りを低くする。もしインフレが進むなら、そのインフレ率より利回りを低く抑える。すると実質金利がマイナスになる。こういう政策を30年程度続ければ、巨額の政府債務であっても必ず返済できる。国債が大量に償還される期間は、事後的な実質利回りがマイナスになっていたことに資産運用者は気がつくことになるわけだが、仕方がないわけだ。これが金融機関抑圧政策であり、この政策を、今後世界各国が実行することになるだろうと予測している点で、「大リプレッション」と名付けているわけだ。

実際、第2次大戦直後に対GDPで216%あったイギリスの国債が、10年後には138%にまで軽減されていた。アメリカも、1945年から55年までの期間中、インフレが進んだこともあって、国債の対GDP比率を50%は軽くすることができたと試算している。もちろん戦後はブレトンウッズ体制である。国際的な資本移動が規制され、かつ固定為替レートを維持することが大原則で、今のようにレートの上がりそうな外貨を自由に買えるわけではなかった点も大きい。今日のような資本移動が自由なグローバル金融市場を相手にそんなことができるのか疑問に思うかもしれない。しかし、自己資本比率規制だってその一種なのだ。要は、決め方一つで金融抑圧政策は実行可能である。それが二人の著者の言いたいことである。

日本の財政再建についても、いま、震災復興財源を国債増発にするか、増税にするかを議論している最中だが、国債償還については何らかの形で金融抑圧政策を採らざるをえないだろうというのが、先日紹介した岩本康志氏の予想でもあった。この点は、どうやら世界的な潮流になりつつある。

もちろん疑問も残る。デフレが続く場合は、いくら金融機関を抑えつけても資産利回りをゼロにするのがせいぜいで、それでも実質金利はプラスである。その実質金利ほどは経済成長できるのかが問題になる。日本の場合は、デフレと財政赤字が複合しているので、デフレ治癒に効力のある政策がもう一ついる。その意味では、財政再建を目指したラインハート達の提案は、それ単独では、Japan Diseaseを治すに十分ではないと思われる。

おそらく数年後には、中国の人民元が変動相場制に移行して、中国金融市場も自由化されていくことになるだろう。そうなると、日本の国内資本が、利回りの高い中国にあっという間に流出する可能性がある。元高・円安が進み、同時に日本国内では株安と国債価格暴落が起こる。こんな可能性が、多くのエコノミストによって心配されている。しかし、多くの専門家が心配する事態は、予想されるが故に、そうならないように事前に対策が施され、実際にはそうならないものだ。その施される対策が、おそらく為替取引のリスクをカバーするための安全経営基準の強化になるだろう。外国の高利回りの金融商品を購入する場合には、相当の死に金を中央銀行に積み増すことを強制されるという規制強化策が実施されよう。そうすれば海外に資金は出られない。これ即ち、金融市場に輸入課徴金を課する政策と同じであって、金融自由化とは逆の方向へ歩むことになる。

いつでも反自由化政策は国内の事情から選択される政策である。

リーマンショック後遺症から脱却できないでいる世界は、日本がそういう政策を実施しても反対しにくいだろう。というより、ギリシア、アイルランド、ポルトガルなどのソブリン危機に怯える欧州が率先して金融抑圧政策に目を向けている。

今はそんな時代である。日本の財政当局も、世界の潮流をよく見ながら、財政金融と震災復興そして国民生活。この三者のバランスをとってほしいものである。ただただ耐乏生活を日本国民にお願いするという政策は、一つの選択肢ではあるが、工夫次第でやり方はいくらでもある。行政で食っているプロであれば、「芸術」とすらも思われる程に洗練された高度の行政技術を展開してほしいものではないか。



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